竹島問題の核心は歴史的権原にある ― 村川家文書が示す日本領の決定的証拠
本稿は、拓殖大学名誉教授・下條正男氏の論文をもとに、島根県が公開した村川家文書・大谷家文書が竹島の歴史的権原を明確に日本に帰属させる決定的証拠であることを論証する。
竹島問題が長年解決しない理由は、日本政府が歴史的権原の提示ではなく国際法中心の議論に偏り、韓国側の歴史戦に十分対抗できていない点にあると指摘する。
竹島および尖閣諸島を巡る領土問題の本質は、歴史的事実を明確にし、誤った主張を正すことにあるとする重要論考である。
以下は、2月4日の産経新聞に掲載された拓殖大学名誉教授下條正男の論文からである。
日本国民のみならず、世界中の人たちが必読である。
『正論」村川家文書から見える竹島問題
島根県は1月13日、竹島問題と閔係の深い村川家文書と大谷家文書の翻刻事業を終え、竹島問題研究所のサイトに公開した。
そこで県は両家の文書と県が入手した『松鵤(竹島)絵図』と『竹島(鬱陵島)絵図』について記者会見を開き、解説を行った。
実効的活用の事実示す
『松嶋絵図』は江戸時代前期、大谷家と村川家が竹島でアシカ猟をしていたことを示す証拠である。
韓国側には竹島を単独で描いた地図はなく、両家文書のように竹島を実効的に活用していた事実を示す文献もない。
県は竹島問題解決の切り札を入手したのである。
だが問題は、竹島問題解決の証拠が揃っても、日本政府にはそれを使いこなせなかった事実にある。
平成17年3月、島根県議会は 「竹島の日」条例を制定して竹島の領有権確立を求めたが、小泉純一郎政権がその成立を妨害しただけでなく、問題解決の機を逃していたからだ。
韓国政府は「竹島の日」条例に抗して「静かな外交」を捨て、竹島問題を「日韓関係よりも上位概念」とした。
「日韓には領土問題は存在しない」としてきた韓国政府が研究機関を設置して歴史戰に出たのである。
島根県が2月22日を「竹島の日」としたのは、明治38(1905)年1月28日の閣議決定で無人島を「無主の地」とし、先占して竹島と命名したことを受けて同年2月22日、「島根県告示第40号」で竹島を隠岐島司の所管としていたからだ。
島根県が「竹島の日」条例を制定したのは、竹島の歴史的権原は日本に属すとしたからである。
ところが外務省は平成20年2月、島根県竹島問題研究会の第1期最終報告書を基に小冊子「竹島問題を理解する10のポイント」を作成するが、そこでは「1905年、竹島を島根県に編入して、竹島を領有する意思を再確認」したとしていた。
これは国際法に偏重した見解で、竹島を無主の地とした閣議決定とは異なっていた。
それに韓国側は、6世紀以来竹島は韓国領だったとし、竹島の歴史的権原は韓国側に属すとしていた。
韓国側は「歴史問題」とし
だが日本政府は「17世紀半ばには、竹島の領有権」が確立していたとし、韓国側の主張を崩していなかった。
韓国側では竹島問題を 「歴史問題」とし、日本側ではそれを「国際法」で解決しようとしていたのである。
これは相手が竹島問題は馬だと言えば、こちらでは鹿だと叫ぶのと同じである。
日本には竹島問題を国際司法裁判所で解決しようとする傾向があるが、韓国側はその提案に応じない。
昭和29(1954)年9月、日本政府が竹島問題を国際司法裁判所に付託しようと韓国政府に提案した際も韓国政府はそれを「司法的な仮装」として拒否した。
韓国側では竹島問題を歴史問題としているからだ。
この感覚のずれは、尖閣諸島を巡る中国政府との軋轢でもみられる。
日本政府は「領土問題は存在しない」と言うが、現実問題として、中国海警局の艦艇がわが物顔で尖閣諸島の周辺海域を航行している。
中国側では歴史問題として認識しているからだ。
それも中国側の劉江永氏や鄭海麟氏等の主張は、1970年代から続く論理を踏襲し、読むべき史書や地理書に触れていない。
これは馬を鹿とし、鹿を馬とする類いである。
竹島問題や尖閣諸島をめぐって確執が続くのは、歴史的権原がどちらに属すのかその事実を明らかにせず、相手側の誤りを指摘できていないからだ。
韓国側の不都合な事実
国際法の観点から竹島問題を語る諸氏は「パルマス島事件」仲裁判決を例に挙げる。
それは国際法の視点で尖閣諸島を論ずる者も同じだ。
だが尖閣諸島と竹島問題の歴史的背景は違う。
その区別もせずに馬を鹿と言い続けるのは愚かである。
尖閣諸島と竹島問題を解決しようとするなら、その歴史的権原がいずれに属すかを明らかにしてからでも遅くない。
島根県が「竹島の日」条例を定めたのは、竹島の歴史的権原が日本に属すことを知っていたからだ。
日本政府は、その島根県の知見を歪曲していたのである。
1月16日、韓国の反日活動家の徐炯徳氏一行が島根県の竹島資料室を訪れ、公開中の大谷家文書や村川家文書を閲覧していた。
だが徐氏が関心を持ったのは、盃に描かれた竹島やTシャツ等の竹島グッズだった。
韓国のネットでも話題になっていた『松嶋絵図』は、無視したのだろう。
韓中では自身にとって不都合な事実にはあえて触れない傾向があるからだ。
島根県が「竹島の日」条例を制定しようとしたとき、韓国政府が反発したのは、韓国側にとって不都合な事実が指摘されていたからだ。
韓国側を攻略することは難しいことではない。
これは尖閣諸島をめぐる摩擦でも同じである。
馬を馬と言い、鹿を鹿と言えばいいだけのことだからだ。
幸い、今年の干支は午でもある。
