抗議すれば「圧力」—メディア報道と政治家の沈黙を強いた構造

報道の誤りや印象操作に抗議すれば「言論弾圧」とされる構造の中で、官房副長官時代には反論できなかった現実を告白。
政府離脱後に初めて抗議が可能となり、番組謝罪に至った経緯を明かす章。

私自身は、あまりにもひどいデタラメや印象操作に対してはとことん向かっていきたいと考えていましたが。
2018-01-30。
以下は前章の続きである。
抗議を圧力にすり替え。
私自身は、あまりにもひどいデタラメや印象操作に対してはとことん向かっていきたいと考えていましたが、官房副長官時代には報道に対する抗議ができませんでした。
抗議すればすぐに圧力とすり替えられ、「言論弾圧」だと新たなレッテルが貼られてしまうからです。
また、自身に関することで抗議しても、結局は火に油を注ぐことになり騒ぎを大きくするだけだという思いもあった。
だからといって我慢していると、「逃げている」「やましいことがないなら説明できるはずだ」などと言われてしまう。
実に悔しく、不愉快な思いをしました。
現在、私は政府を離れて党の役職に就いていますので、テレビでも新聞でも雑誌でもネット番組でも、メディアの問題点を指摘できるようになりました。
現に、政府の役職を離れてすぐの2017年8月には、テレビ朝日の『グッド・モーニング』という番組に抗議し、番組は後日、謝罪を放送しています。
抗議したのは、8月4日に同番組で放送された田原総一朗さんの次のコメントでした。
〈萩生田光一さんを幹事長代行にした。これで僕はぶちこわしだと思う。すべてぶちこわし。萩生田光一というのはね、加計学園問題のいわば一番の責任者ですよ〉。
これまでお読みいただいた方にはわかるとおり、「萩生田は加計学園問題の一番の責任者」というのは全くの虚報です。
そこで抗議を申し入れると、8月7日に〈田原さんの見解とはいえ、「加計学園問題の一番の責任者」というコメントは、一方的で、正確性を欠く表現でした〉と番組内で謝罪したのです。
この稿続く。

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