「密出国」報道の衝撃――拉致認識を歪めた朝日新聞記事の検証
宇出津事件をめぐる初期報道で、朝日新聞は拉致ではなく「密出国」と報じ、被害者像にまで踏み込んだ記述を行った。
この報道姿勢は、北朝鮮による日本人拉致の実態認識を遅らせた可能性がある。
「ら致」という言葉が新聞見出しに登場した経緯とともに、日本社会の認識の変遷を検証する。
驚くことに、朝日の記事は「密出国者」久米さんに追い打ちをかけるように書いている。
2018-01-31
以下は前章の続きである。
2年以上も前の宇出津事件を改めて取材して紙面に載せたのは、北朝鮮による日本人拉致がありうることと合わせて、アベック3組拉致の動機を戸籍入手と書くことの補強でもあった。
朝日の「密出国」記事にはないが、Rが久米さんに事前に用意させて北朝鮮へ持参させたもの、それは戸籍抄本2通だけだった。
「ら致」が初の見出しに。
驚くことに、朝日の記事は「密出国者」久米さんに追い打ちをかけるように書いている。
《夏の暑い時でも長そでシャツ以外は着なかったといい、それは体の彫り物を気にしたためらしいともいわれていた》。
そういう人だから密出国したのだ、と私には読めるが、朝日新聞社は、この記事を拉致疑惑の初報としている。
国外への拉致であれば国外移送目的略取及び誘拐罪(刑法226条)が適用されることになる。
結局、検察は拉致での立件を見送り、朝日は「密出国」としたが、産経が拉致と報じたことは言うまでもない。
80年1月9日付社会面トップ記事の見出しは、こうだった。
《2年半前に類似事件 警備員を国外にら致 戸籍取得が目的だった 逮捕の外国スパイが自供》。
80年の年明け早々、3日続けての大きな扱いの報道だった。
拉致とは個人の自由を奪って別の場所に連れ去る誘拐の一種だが、日常、あまり使われない言葉だった。
私自身、それまでに一度も使った記憶がないが、1日目の原稿の中で富山事件について「ら致未遂」と書き、3日目には宇出津事件に関して《日本から外国への誘かい事件としては7年前の夏に起きた金大中氏事件が記憶に新しい。しかし日本人が外国へら致されたケースは、戦前、戦後を通じて公式には1件もない》と書き。
「ら致」が初めて新聞の見出しになった。
通常の誘拐事件とは区別したい意図が働いたのだと思うが、自分で書きながら、よく覚えていない。
なお拉致の「拉」の字は常用漢字でなかったため、紙面では「ら致」と、仮名交じりで表記した。
常用漢字に追加されたのは、2010年だった。