平成は「敗北」の時代だったのか ― 日本経済衰退30年の現実
かつて世界時価総額上位50社のうち32社を占めた日本企業。だが平成30年で日本のGDPシェアは急落し、企業・人口・国力は後退した。平成という時代を「敗北」と総括する視点から、日本経済衰退の現実を問う。
2019-01-02
30年前、世界の上位50社(時価総額)中、日本企業が32社を占めていたなんて若い人には想像もできないだろう。
今年は何故か、元旦に新聞を読む気が全くしなかった。
それで1/2に初めて産経新聞に目を通した。フロントページに論説委員長・乾正人が、さらば、「敗北」の時代よ、と題して、年のはじめに、掲載していた論文は、私が書き続けて来た事と全く一緒だった事に驚いた。…正確には彼が年の瀬に訪れた財界人の視点が大本だが。
文中強調と*~*は私。
さらば、「敗北」の時代よ。
論説委員長乾正人。
平成は「敗北」の時代だったな。
年の瀬に訪ねたある財界人の言葉に、平成の30年間をボーッと生きてきた私は、ハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
平成23年の東日本大震災、7年の阪神大震災と地下鉄サリン事件という大きな厄災に見舞われたとはいえ、日本はおおむね「平」和で、バブル時代の狂騒を経て「成」熟した社会になったなあ、と勝手に総括していたのである。
しかし、数字は平成日本の「敗北」を冷酷に物語っている。
平成元年、世界全体に占める日本の国内総生産(GDP)は、米国の28%に次ぐ15%を占め、バブルに浮かれた当時は、やれジャパン・アズ・ナンバーワンだ、24時間戦えるだのとおだてられ、米国という巨人の背中が見えた、ように思えた。
危機感を持った米政府は日米構造協議で日本に圧力をかけ、*これで小泉純一郎は日本の活性化には何の意味もないどころか国力を削いだだけと言っても過言ではない郵政民営化を馬鹿の一つ覚えの様に繰り返して国政を浪費したのである…私が登場した頃、何度か言及したとおりである。この時に彼が編成した民間人を多用した規制改革開放会議の議長が北ヤードの事業を混迷させた張本人であり大阪再生を10年以上も遅らせたのである…*
ITに活路を見いだして再び成長軌道に乗り、GDP世界比25%を保っている。
バブルが崩壊し、政治も混迷した日本のGDPは世界比6%まで大きく後退してしまった。
30年前、世界の上位50社(時価総額)中、日本企業が32社を占めていたなんて若い人には想像もできないだろう。
今や50社に食い込んでいるのはトヨタのみだ。
人口も10年前をピークに減り続け、増えているのは国債という名の借金のヤマだけだ。
この稿続く。