池江璃花子さんへの最大限の支援を求める。闘病経験から訴える、白血病治療と完全寛解への道。
2019年2月21日に発信した章を再発信し、池江璃花子さんの白血病公表に接して、自身の七か月に及ぶ闘病体験を踏まえながら、治療環境、個室の必要性、医師への絶対的信頼、そして完全寛解に向けた精神力の重要性を訴えた論考である。
同時に、過酷なトレーニングとストレスの問題、スポーツ団体と行政の責任、そして稀代の才能を守るべき体制についても論じている。
2019-03-24
と題して2019-02-21に発信した章が 公式ハッシュタグランキング:マウイ島6位、ハッシュタグランキング:浅田真央6位、二つの項目でランクインしている。
白血病治療に対しては東京一の医師に診察させ、どんなに高かろうが個室を用意して治療にあたらせる事。
と題して2019-02-21に発信した章が、
公式ハッシュタグランキング:マウイ島6位、ハッシュタグランキング:浅田真央6位、二つの項目でランクインしている。
池江璃花子の重大ニュースをTVが最初の一報を伝えた時、私は、たまたまTVをつけていた。
夕刻になじみの店で親しい友人と会食していた。
流石にスマホの時代だから全員が知っていた。
私はテレビはスポーツニュース&スポーツ中継を観るためにみていると言っても過言ではない。
あのニュースが流れた時、私の脳裏を過ったのは、池江さんが米国の高地で、かつて私が見た事がないような激しいトレーニングをしている映像だった。
私は宮城県の海辺の町である閖上で育ったから泳ぐために生まれて来たようなものである。
名取川も海も深いから、何かの拍子で地元の人間でも溺死したりする…。
悪ふざけをして酒を飲んで泳いだ結果だろうが。
だから港は水泳禁止区域になっている。
私は委細構わず船から飛び込んだりして中学生の夏休みを過ごしていた。
全校生徒がいる前で立たされ、教室に戻ってからは担任の…。
今でも忘れない愛情いっぱいの強烈なビンタを食らった。
私がスポーツ大好き人間なのは、私は小学5年生にして高校2年生の頭脳を授かっただけではなく、毎朝、仙台納豆を食べ、田畑の作物に加えて…。
伊達藩の直轄港で魚が美味しい事で評判の港町である閖上に育ったお陰で…。
運動神経抜群の人間だったからでもある。
ブラスバンド部でアルトサックスを吹いていた私が、いきなり、名取市の大会で三種競技に駆り出され、生まれて初めてスパイクを履いて、100mの直線距離を走った。
それでも80m過ぎまで私がトップだった…。
そこからは未経験が露呈して急減速したのだが…。
高校生時分にJR通学をしていた時、その時に優勝した他所の学校の人間に遭遇した…。
彼は私の事を明瞭に覚えていて…。
それまで全く市内で名前を聞いた事のない、初めて見た私にゴール寸前までトップを走られて本当に驚き焦った、と…。
初めて競争で敗れた私も市の中学新記録をたたき出していた。
陸上部の先生からは、高校に行ってちゃんとした先生に付いたら100mを10秒台で走れる、とも言われた俊足だったから、およそスピード感のあるスポーツは全て好きなのだ。
ある時からフィギュアスポーツ(特に女子フィギュア…。
男子なら羽生、絶好調の時の宇野)に惹かれて、日本でも有数に観ている。
ある時には東京のホテルオークラのバーで、当時、女子フィギュア界の女帝と称されていた城田女史と隣り合わせになり話が弾んだんだが、真に申し訳ない事に、大声で彼女を叱責して帰ったり…。
浅田真央が14歳で全日本チャンピオンになった時である…。
あの時、日本だけではなく世界は彼女こそ世界一だと誰もが思っていたし見たかった。
当時の国際会長は、日本から強い申し入れがあれば考慮したと思うとも発言していたに拘わらず、彼女が、建前論に終始して、正に、天才として現れた浅田真央を五輪に出さず…。
グランプリシリーズに選手を手配する、まるで手配師の様な事を特定の野郎二人と話していた光景に、信長、ぶちぎれたのだった…。
女史には今でも申し訳ないと思っている。
ハワイのマウイ島にリッツカールトンが出来た頃、プールと海を見渡すフロントのバーで、直ぐ後ろから、ミシェル・クワンから燃えるような熱い視線を浴びた事は、私の周囲の人たちと読者はご存知の通り。
フィギュアスケートの事は後日に。
池江さんのニュースを観るまで、私が、あのような思いにおそわれた事はなかった。
私も突然発病した…。
私の場合は、信じがたい悪党に遭遇して、多額の金銭を詐取されて生じたストレスがキラーストレスになった。
2011年5月かつてない異常を感じて済生会病院に行った。
最初の日は何でもないと言われたのだが翌日も「これはおかしい」と思い再訪。
最初の診断は軽い肺炎…。
入院したら治りは早い…。
即座に了承して帰社、専務に、明日から入院と告げた。
程なく机の上の電話が鳴った…。
「とんでもないものが見つかった…」。
その声の響きだけで私はただ事ではない事を悟った…。
病名を聞いた瞬間に死ぬ事を覚悟した…。
私は今は死ねない…。
だが、後はお医者さんに任せるだけ…。
周囲の人たちに…私は永遠に生き続けたいと願う無限の思索者である…と言い続けてきた私は、ずっと死ぬ事は恐怖以上のものだった。
その私が一瞬にして覚悟した事には我ながら驚いたが。
治療開始後に現れる副作用のために、院内の歯科で歯の検査をした時、担当医師が感心したほど私は本当に冷静だった…。
覚悟を決めていたのである。
済生会病院はとてもいい病院なのだが、残念な事に個室がなかった。
この病気と生きるために闘うためには、絶対的に個室が必要だ…。
看護等の関係で梅田からは離れられない…。
北野病院が浮かんだ。
地階に降りて、手続きを終えた。
大変な高額の部屋だけが空いていたのだが、命には代えられない。
7ヵ月の入院費用の殆どは部屋代だったろう。
大金である。
退院後に初めて知ったのだが、弊社専務が、親しい知人にお願いしてその内の半額の500万円を工面した事を…。
「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」の国のDNAを持った悪党に、億を超える多額の詐欺に遭っただけではなく、虎の子のビルまで大変な目に遭わされていたのである。
私の主治医は京大医学部出身の先生達だった事も私の完全寛解に繋がった。
特に主治医だった若い先生は言わば私の後輩だったから。
先生たちも私を先輩として接してくれていたのである。
私は治ったと言っても過言ではない。
私は何よりも精神的に絶対的な信頼を先生方や看護婦さんたちに持っていた。
先生方を従えた部長さんとの初対面時に私は言った。
「私は元々京大をこの両肩に背負って立てと言われた様な人間でしたから、私には書き続けなければならない事があって、今、死ぬわけにはいかない。
日本のため、世界の為だと思って頂いて、助けて下さい…」。
もう一つ、私が完全寛解できた理由は…。
こうなったら病室を我が家として暮らすしかないと思い定めた事…。
この作業をするためにPCやTVを入れ、スキャナーと口述打ち込みを手伝ってもらい、ほぼ毎日、世界に発信し続けた。
パナソニックのプロもみや空気清浄機3台は長い付き合いの内装業者さんに運んでもらった。
さて、
私の病気は「交通事故のようなもの」と主治医の先生は仰った。
私はこの大病で確信した事がある…。
病気はストレスから来る。
と。
池江璃花子は既に世界一のスイマーである。
彼女こそは水泳の申し子であり、泳ぐために生まれて来た…。
女子フィギュア界に出現した紀平梨花と双璧の世界最高の逸材である。
体の全てが泳ぐためにあった。
彼女に、あれほど激しいトレーニングは不必要だったのだ…。
20年までに、たった一人のライバルをとことん研究して自分の長所を鍛え続ける、それで良かったのである。
およそ水泳は最も激しいスポーツの一つである…。
全身運動の最たるもの。
マラソンならまだしも、水泳で、あれほど激しい高地トレーニングを行う必要はないと私は確信する…。
特に池江の様な類まれな天賦の才能を持った選手の場合は尚更である。
とことん科学的に楽しく厳しく練習するだけで彼女は2020年、世界一になれた。
水連はありとらゆる援助を池江璃花子に対してしなければならない…。
白血病治療に対しては東京一の医師に診察させ、どんなに高かろうが個室を用意して治療にあたらせる事。
池江選手は私と同様に本質的な体力があるから必ずや完全寛解するはずである・・・。
ましてや彼女の周りにはお祖母ちゃんや家族、或いは無数の親友や友人たち、そして日本国民の全てが彼女を愛しているのだから。
あの日、親友はこう言った…。
「夏目雅子も、本田美奈子も、女優で体型等に拘るから治療に耐えるための体力はなかった…。
私なんかはとても無理…」。
完全寛解した後に稀代の天才スイマーが東京五輪でも金メダルを狙うのなら完璧に用意周到なプランを立てて彼女の意向に沿わなければならないのである。
何故なら、私は、報道を知った瞬間に「あそこまでやる必要があるか」と思って見ていた米国での高地トレの映像が過ったからである。
2020年までにタッチの差でライバルをかわす為に日々鍛錬してゆけば良かったのであって、あんな常軌を逸した激しい鍛錬は必要なかったのである。
あの常軌を逸した激しい鍛錬が、さしもの天才の体に限界を超えたストレスを与え続け、それがキラーストレスとなって池江さんの体を攻撃したのである。
責任は水連にあるのである…。
ひいてはスポーツ庁にあるのだから。
水連と日本政府は彼女に対して東京で一番の治療環境を与えなければならない。
本当の天才に対する鍛錬について凡才をあてがって猛練習を課すやり方は全ての競技において是正されなければならない。
それが…。
あまりにも大きな代償を払ってスポーツ関係者が得た教訓、或いは罰である事に気付かなければならないのである。
最後になるが私の7ヵ月の闘病生活は、まるで夢の様で、これまで、あの日の様に思い出す事はなかったのだが…。
あの日、これから池江さんが受ける治療の事に思いが向かった時…。
突然、私の治療の日々の事が一気に走馬灯の様に脳裏をめぐった。
私は、涙が止まらなかった。
池江さんは稀代の体力の持主だから、きっと完全寛解する…。
五輪に間に合う奇跡も達成する可能性もあろう。
だが水連とスポーツ庁は最大限の支援をしなければならないのである。