アメリカの占領政策と日本の左翼文化人の無知。今こそ原点に還る時期である。—「われわれは日本を見習うべし」をめぐって—

本稿は、日韓合邦期の朝鮮半島統治、台湾統治、戦後のアメリカ占領政策、そして日本の左翼文化人や朝鮮研究者の言説をめぐって、近現代史認識の根本的再検討を訴える一文である。
引用本文は、日本統治下の台湾と朝鮮に関する評価、李承晩以後の反日運動、GHQによる歴史認識の形成、日本の戦後知識人の対応などを論じながら、今日こそ原点に立ち返るべきだと主張している。
台湾統治、日韓合邦、占領政策、戦後左翼、歴史認識をめぐる問題意識を提示する論考である。

2019-03-13
アメリカの占領政策と日本の左翼文化人の犯罪的無知によるもの。
今こそ原点に還る(ad fontes)時期です。

以下は前章の続きである。

「われわれは日本を見習うべし」。

日韓合邦時代における朝鮮人の暴動や反乱は、満洲事変以来すっかりなくなりました。
それは、かつての朝鮮の支配民族だった清の満洲人に対して、朝鮮人が平等になったからです。
満洲人に限らず、漢族のシナ人も、それまでずっと朝鮮民族を見下していて、朝鮮人はいじめられっぱなしでした。
ところが、日韓合邦によって「自分たちは日本人だ」と言えるようになった。
創氏改名運動が起こり、日本人名になると、数千年間つねに頭を押さえつけられていた満洲人やシナ人に対して大いばりできたのです。
それからは、いっさい朝鮮人の反乱がなくなりました。
「日韓同祖論」が流行り、朝鮮の中学は修学旅行で伊勢神宮に参拝するようにもなった。
戦争のときは志願兵も多かったし、朝鮮人の特攻隊員も数多くいました。

明治政府には、「コロナイゼーションはやらない」という覚悟が強くあったと思います。
台湾は日清戦争後の明治28年(1895)に日本に併合されましたが、その約10年後に、『ロンドン・タイムズ』は以下のような主旨のことを書いています。

「わずか10年の間に台湾の人口は数十万人ふえた。
イギリス、フランス、オランダも台湾を植民地にしようと思えばできたが、あえてそうしなかったのは、彼の地が風土病と伝染病が蔓延する瘴癘の地だったからである。
しかも、山奥の原住民はともかく、住民の大部分はシナから逃げてきた盗賊だ。
台湾譲渡を決めた下関条約の全権大使、李鴻章は、『日本に大変なお荷物を押しつけてやった。
いまにひどい目に会うから見ていろ』と内心ほくそえんでいた。
ところが日本は大変な努力をして風土病を克服し、人口を飛躍的に伸ばした。
西洋の植民地帝国は日本の成功を見習うべきである」。

『ロンドン・タイムズ』が評価した日本統治は、朝鮮でも同じように行われていました。

台湾合併は50年、日韓合邦は35年続きました。
戦後、韓国に戻って初代大統領になった李承晩の反日運動がなければ、そして半島が南北に分かれないままだったら、そうしてあと15年、台湾と同じく、50年間日本との合併が続いていれば、日本も台湾に近い感情で韓国に対してつき合うことができていたのではないか。
これは空想にすぎませんが、そんな気がしています。

それに当時のアメリカは「日本が朝鮮を植民地にした」と無知丸出しで日本人の洗脳を行いました。
日本の朝鮮研究者はほとんどみんな左翼で、喜んでアメリカのデマに乗りました。
それを訂正すべきまともな学者、政治家は公職追放になっていました。

韓国人が「自分たちの国は日本の植民地だった」と考えるようになったのは可哀そうなことです。
アメリカの占領政策と日本の左翼文化人の犯罪的無知によるもの。
今こそ原点に還る(ad fontes)時期です。

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