国際社会で日本を貶める言説の源流。ジョン・ダワーと東京裁判史観を支える人々。

ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストに見られる対日報道の異常さの背景には、ジョン・ダワーをはじめとする特定の歴史観の浸透がある。
本稿は、伊藤隆、福井義高、Ezaki Michioの対談をもとに、東京裁判史観、GHQ押し付け憲法論、ヴェノナ文書、そして日本近代史研究の退歩をめぐる問題を論じる。
日本を不当に貶める国際的言説の構造を考えるための重要な論考である。

2019-03-07
今、国際社会において、せっせと日本を貶める活動に邁進している様な人間と、NHKの高木某という制作局の上部にいる男が対談している記事を発見したからである。

「ニューヨーク・タイムズやワシントンポスト紙などの日本に対する報道の異常さの根本は、この男だった事。」
と題して2016-12-12に発信した章を再発信する。

理由は、ネットを検索していた時、加藤陽子という名前の東大教授、自虐史観と反日思想の持主で、日本を貶める事に邁進している国連の機関に委員長か何かとして推薦された、こんな人間。
恩師の伊藤隆東大名誉教授が、自分のゼミに来た時は新左翼の人間だったが、実証的な研究をしている内に大分まともになったのだが、離れた途端に、また新左翼に戻ってしまった。
そう語った人物である。

今、国際社会において、せっせと日本を貶める活動に邁進している様な人間と、NHKの高木某という制作局の上部にいる男が対談している記事を発見したからである。

ジョン・ダワーという人間については、朝日新聞の購読者は、名前だけは知っていたはずであるが、この人間がどんな人間なのかを朝日新聞が伝えた事はない。
私は高山正之ならではの博学によって、彼が戦後まもなく金沢で英語教師をしながら、ギブミー・チョコレートの風潮が支配していた当時の日本で、米国人男性である事の特権を思う存分発揮していたという事を知った。
その途端に、この人物がいかなる者であるかも了解したのである。
何故なら、高山の言は、今、彼が米国において日本に対して言語同断な言動を行っている事が腹に据えかねているからこその言だったからだ。
高山正之だから可能な、一人の言語道断な人物に対する、閻魔大王のような批判なのである。

このジョン・ダワーがどれほど戯けた奴である事か。
ニューヨーク・タイムズやワシントンポスト紙などの日本に対する報道の異常さの根本は、この男だった事を。
「歴史通」は、伊藤隆東大名誉教授、福井義高青山学院大学教授、評論家Ezaki Michio、三氏の対談特集記事で明らかにしてくれている。
見出し以外の文中強調は私。

戦勝国の「戦争責任」を聞え。
東京裁判史観からいつ解放される。

前文略。

最近流行の、日本国憲法は決して押しつけられたものではない、といった朝日新聞などが主張している見解も、ある意味で「GHQ押付説」といった定説に対する「歴史修正主義」でしょう。
しかし、これは、アウシュビッツにガス室がなかったという、おかしな「歴史修正主義」と五十歩百歩ではないか。
「歴史改竄主義」といえるかもしれない(笑)。

逆に、煽動家と蔑まれていたマッカーシー、米上院議員の「赤狩り」が、ソ連スパイの交信記録を傍受解読した「ヴェノナ」の公表によって、根拠のあるものだったとみなされるようになってきたのは、正しい歴史修正主義といえるのではないか。
ルーズベルト民主党政権内部にソ連のスパイがいたことに関しては、ハーヴェイ・クレア&ジョン・アール・ヘインズ&フイルソフの『アメリカ共産党とコミンテルン 地下活動の記録』五月書房、や、ジョン・アール・ヘインズ&ハーヴェイ・クレアの『ヴェノナ 解読されたソ連の暗号とスパイ活動』PHP研究所、が訳出されていますし、アメリカでの「歴史修正主義」については拙著『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』祥伝社新書、でも紹介しています。

福井。
拙著『日本人が知らない最先端の「世界史」』祥伝社、でも、「歴史修正主義」について触れています。
第一次世界大戦勃発に関するドイツ単独戦争責任論という第二次大戦後通説が、近年、修正されつつある現状を指摘しました。
新しく発見された史料や証拠に基づき、それまでの歴史認識を修正するのはごく自然のことです。
その意味で、先の大戦に関して、日本がすべて悪かったとする「東京裁判史観」も、事実に基づいて修正されてしかるべきものでしょう。

伊藤。
ただ、最近、天皇陛下の生前退位が話題になっていますが、今上天皇のお話しとして伝えられているところを聞くと、「東京裁判史観」をお持ちになられているのではないかと疑われます。
また、安倍首相の「戦後七十年談話」も基本的には東京裁判史観に基づいたものでした。
天皇と歴代首相に権威づけられて、日本歴史学会やマスコミは未だに東京裁判史観が主流です。
この歴史観をきちんと修正するのは、かなり難しい作業が必要と思いますね。

現代史に於ける共産主義の幻想と幻滅について詳述した拙著『日本の内と外』中央公論新社、は完全に黙殺されました(笑)。
第一次世界大戦までの日本は、世界を支配する欧米列強と渡り合い並び立つような国になりたい、そう目論んでいた。
1920年、国際連盟が発足し、英、仏、伊と並んで常任理事国にもなった。
しかし、それから国際社会は共産主義との戦いの時代になっていったと私は考え、『日本の内と外』では後半を、20世紀の日本をめぐる国際共産主義との葛藤やコミンテルンの工作活動などにも主たる視点をあてています。
しかし、共産主義者や容共リベラルの進歩的知識人から言わせれば、これは許せない歴史修正主義になる。
触れられたくはないんでしょう。
批判も出なかったが、評価もされない。
まったく無視された。
お二人がよく取り上げている『ヴェノナ』にしても、言及する研究者が日本ではあまりいませんね。
この文書に言及すると修正主義者にされるんでしょうね。

江崎。
五月書房は倒産。
PHPの本は絶版で、古本屋では入手困難で十万円ぐらいしている。
読みたくても読めない幻の名著になっている(笑)。

福井。
伊藤先生は、はやくから、マルクス主義に強く影響された歴史学界に新風を吹き込まれ、その成果をまとめた『昭和初期政治史研究』東大出版会、や、『昭和期の政治』、『同【続】』山川出版社、を、1960年代後半から90年代にかけて刊行されました。
そこで提示された新しい歴史観は、今も古びていません。
昭和戦前期を安易にファシズム国家であると断定する多数派に対して、実証的にそうした主張の根拠のなさを指摘された。
ところが、その後、日本の近代史研究は退歩しているような気がします。
東京裁判史観がますます強固になったようにも思えます。

伊藤。
戦争というのは講和条約が結ばれると、過去の望ましくない関係が清算されます。
しかし、「従軍」慰安婦や南京事件のように、その後から問題化されることが増えてきた。
また、奇妙なのは、共産主義の“権威”が崩れ去って久しいのに、日本でも一部とはいえ、若い人たちが東京裁判史観にどっぷり浸かって、むしろその史観を強化しようという傾向まで見られることです。
私のゼミ出身者にもそういう人がいる(笑)。
私は、彼らは悪しき修正主義者だと思います。
中大の吉見義明氏もそうです。
彼は、慰安婦問題で、今でも理解しがたいことをやっていますね。

この稿続く。

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