韓国大統領は親子二代で日本にタカる — 高山正之が描く「漢江の奇跡」と対日依存の実相

高山正之の論考をもとに、近代朝鮮の未開性、日本統治下でのインフラ整備、戦後の資産接収、日韓基本条約による資金供与、そして「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国経済成長の実態を論じた一章。
セオドア・ルーズベルトの対朝鮮観、伊藤博文暗殺、朴正熙政権による対日資金要求までを貫いて、日本がどこまで朝鮮半島の近代化を担わされたかを批判的に描いている。

2019-04-24
そんな未開の民の面倒は日本が見ろとセオドア・ルーズベルトが言った。
「ウチは御免だ」と米国はさっさと公館を畳んで外交も絶った。
日露戦争直後のことだ。
日本も嫌だった。

高山正之が戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである事は、文明のターンテーブルに依って、今や、世界中の慧眼の士には周知の事実だろう。
以下は彼の最新著作からである。

◎第三章 恥を知らぬも程がある。
韓国大統領は親子二代で日本にタカる。

今の朝鮮人の祖父母の時代は藁葺きに泥壁の家で便所すらなかった。
貨幣経済も未発達で、だから店屋もなかった。
着るのは無地の綿布で、男の子を産んだ女はそれを自慢して前をはだけ乳房を露にするのが習わしだった。
Kō Bun’yūは「アジアの秘境」と穏やかに表現するが、見たままなら「中緯度に紛れ込んだパプア集落」に近かった。
そんな未開の民の面倒は日本が見ろとセオドア・ルーズベルトが言った。
「ウチは御免だ」と米国はさっさと公館を畳んで外交も絶った。
日露戦争直後のことだ。
日本も嫌だった。
この国の愚かさゆえに日本は日清、日露と二度の戦争を強いられ、二つの戦役で十二万将兵を死なせた。
だから五年間保護領にし、インフラを整備してやって自立を待った。
が、彼らはがやがや騒ぐだけ。
挙句に併合反対の伊藤博文まで暗殺してしまった。
かくて「禍は人間としての教育を施すことで取り除く」併合策が取られ、いわゆる日帝支配三十六年間が始まった。
日本はその間、国家予算の二割を半島に注ぎ、秘境に文明の光を当て続けた。
例えば彼らは車の輪っかがつくれなかった。
だから水車も荷車も汽車も知らなかった。
それで保護領時代に日本は釜山から京城(現ソウル)、さらに北の果て新義州を結ぶ半島縦断鉄道を開通させた。
金大中が南北に分断されたままだった鉄道を再び繋げましたと騒いだのは、この京義線のことだ。
この鉄道は鴨緑江を渡り満鉄、シベリア鉄道とも接続し、日帝支配が始まって三年目には秘境の民はソウルでロンドン行の切符を買えるようになった。
日本は学校を作り、今のハングル文字を教え、発電所を建てて家々に文明を灯した。
乳房剥き出しの名もない女に良子とかの名をつけ、胸も隠すように教えた。
因みに汚職も拷問もないきれいな環境が嫌だと彼らが騒いだのは日帝支配三十六年間で三・一事件の一回だけだった。
日本は英米との戦争に敗れ、この面倒な民を米ソが後見することになった。
日本はやっと重荷を下ろしたが、途端に半島で戦争が起きて南北で三百万も死んだ。
日本は馬鹿なマッカーサー憲法のおかげで戦争に巻き込まれずに済んだが、朝鮮の醸し出す業はそんな簡単に払い落とせるものではなかった。
彼らは日本が作った鉄道やダム、さらに日本窒素など民間企業まで当時の金で総額九百億円に上る資産をただ没収した。
この中には彼らには価値の分からない京城帝大の歴史コレクションも含まれていた。
加えて日本から重工業施設や機械類が山と運び込まれた。
「日本には鍋釜以上の工業力は要らない」という賠償使節団長エドウィン・ポーレーの方針に従ったものだ。
朝鮮人はその上に日本から戦時賠償も取ろうとした。
戦争もしていないのにそれはないだろうと社会党の鈴木茂三郎も呆れて断った。
十年後に、朴正熙は「賠償の文言を削るからカネをくれ」と結局五億ドルを持って行った。
当時の韓国の国家予算の二倍に当たる額だった。
朴はついでに技術協力もつけろと言い、日本の作ったインフラをベースに日本からきた機械と日本人の技術で一気に韓国工業の近代化を図った。
資金は日本政府から取ったカネに、在日パチンコ屋の運上金が充てられた。
これで成し遂げたのが世にいう「漢江の奇跡」だ。
なんだ九十パーセント日本のおかげじゃないかという声もあるが、残り十パーセントは確実に朝鮮人がやった。
わずか一世紀前まで秘境にいた民を思えばそれは上出来だろう。
ちなみにその十パーセントには奇跡の象徴となる漢江に架かる聖水大橋がある。
韓国人の架けた橋は築十五年で風もないのに崩落して三十二人が死んだ。
五百人が崩落死したソウルの百貨店は築六年だから、それを考えれば三倍近い耐用年数はあった。
日本にたかって漢江の奇跡を生んだ朴正熙の娘が今度、大統領になった。
それだけで嫌な感じがしていたら就任演説で「第二の漢江の奇跡を起こす」と言った。
今度はどんな因縁をつけてたかる気なのか。
そんな教育をした覚えはないのに。
(2013年3月14日号)

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