「日本は米支共同の敵」とは何だったのか。高山正之が暴く米中連携と反日宣伝の近現代史。
高山正之『アメリカと中国は偉そうに嘘をつく』をもとに、江沢民の「日本は米支共同の敵」という発言の背景を、近現代史の具体例を通して読み解いた一篇である。
顧維均、五・四運動、虹口公園爆弾事件、西安事件、第二次上海事変、南京攻略後の宣教師報道、LIFE誌や『アジア』誌の宣伝などを通じて、米国と中国の連携が日本を孤立させる方向に働いてきた歴史を論じている。
さらに、戦前の米国世論において中国への好感度が極端に高く、日本への好感度が極端に低かった事実を挙げ、広島・長崎への原爆投下を可能にした心理的背景にまで思索を及ぼす論考である。
2019-04-21
おかげで先の戦争前には米国人の支那への好感度が76%だったのに対し、日本はたった2%だった。
(亀井俊介編『日本とアメリカ』)
以下は前章の続きである。
以下も高山正之の最新刊の中からなのだが、彼の硬骨漢ぶりは、さらに際立っているが、近現代史についての、その博識こそ、真のジャーナリストであると言うべきだろう。
特に、私が黒字強調した箇所などは…
殆どの日本人が全く知らない…
当然ながら世界は全く知らない事実のオンパレードである。
以下は、『アメリカと中国は偉そうに嘘をつく』。
高山正之。
1300円。
徳間書店。
初版、2015年2月28日。
P100からP107より。
黒字強調と*以下のコメントは私。
「日本は米支共同の敵」と言った江沢民は正しかった。
江沢民が国家主席として訪米したとき、彼はハワイにわざわざ立ち寄り、真珠湾の慰霊碑に献花して「日本は米支共同の敵だ」といった趣旨の挨拶をした。
日本は支那やロシアのような貪欲で傲岸な国を懲らしめるために戦った。
米国も然りで、貪欲な上に正義漢ヅラする。
それをたしなめるために国運をかけて戦端を開いたのが真珠湾だ。
支那ごときがしゃしゃり出てきて御託を並べるようなところではない。
「いや江沢民は歴史問題を通じて日米を離間させ、米支接近を図ろうとしている」といった解説もあった。
その説でいけば緊密な米国と日本の間に支那が無理に割り込もうとしている。
日本を蹴落として支那が米国と仲よくなりたいと。
そうだとしたら海底油田が見つかって俄かに「尖閣は俺のモノだ」と言い出した支那の意地汚さに米国が一言もたしなめようとしないのはなぜか。
反日デモをやって、放火と略奪に耽る支那人の行状にも米紙は黙っている。
どうにも不思議でならない。
しかし歴史を見れば、日本が勝手に日米は親密と思いこんでいるだけで、むしろ江沢民の言う「日本は米支共同の敵」が正しいと思えるフシがいくつかある。
米国ではつい昨日まで支那人苦力を働かせ、用ずみになったら野良犬と同じ、殺処分にしていた。
しかし日露戦争後、日本に続々支那人留学生が流れ込むのを見て、米国は急ぎ清華大を建てて米国への留学生を募り出した。
やってきた支那人留学生を作り笑顔で歓迎した。
そして彼らを取り込んで、日支離間の駒に使った。
その第一号がウェリントン・クーこと顧維均だった。
彼はコロンビア大に学び、辛亥革命後の支那に戻されて袁世凱の顧問についた。
第一次大戦の講和会議では支那代表に就任し、米代表ウッドロー・ウィルソンは信じられないことに彼を五大国で構成する十人委員会に参加できるよう計らった。
会議で顧維均はウィルソンの期待に応え、日本の山東半島租借を批判しまくった。
支那政府がすでに日本の租借を認め、前金も取っていたことがばれ、最初の米支連携の日本潰しは不発に終わったものの、支那本国でも顧維均の活躍に呼応、五・四運動が起きる。
この裏には米公使ポール・ラインシユの工作があったとされるが、いずれにせよ日支離間はこれで決定的となった。
これ以降も重要事件はすべて米国が絡む。
第一次上海事変の後、北白川宮らが暗殺された虹口公園爆弾テロ事件は米宣教師ジョージ・フィッチが朝鮮人テロリスト尹奉吉を手引きしてやらせたものだ。
蒋介石が反日に転じる引き金になった西安事件でも米国の影が差す。
あのとき宋美齢を伴い西安に乗り込んだのはニューヨーク・ヘラルド紙記者のウイリアム・ドナルドで、彼は蒋とも親しく、張学良の顧問もやっていた。
この翌年の第二次上海事変ではシェンノートが公然、支那空軍部隊を指揮した。
これに続く南京攻略では米宣教師ベイツやマギーが「日本軍が大虐殺をした」と語り、それをニューヨーク・タイムズやシカゴ・デイリーニューズが報じた。
みんな米国人だ。
ヘンリー・ルーズの『LIFE』誌やパール・バック編集長の『アジア』誌がこれをもっとどぎつく報じた。
二人とも支那へ派遣された米宣教師の子供で、支那人をこれ以上なく好意的に伝え続けた。
おかげで先の戦争前には米国人の支那への好感度が76%だったのに対し、日本はたった2%(亀井俊介編『日本とアメリカ』)だった。
*私は、この箇所を読んで、やっと得心したのである。
なぜ米国は、広島、長崎に原爆を落とすような所業が出来たのか。
この稿続く。