日本を真の大国たらしめるもの—農口尚彦に見る職人気質と日本酒造りの真髄—
本稿は、2019年4月19日に発信した文章をもとに、読売新聞掲載の杜氏・農口尚彦氏のインタビューを通じて、日本を真の大国たらしめている「職人気質」の本質を描く一篇である。
酒造りにおける現場感覚、顧客の嗜好をつかむ姿勢、山廃造りへの探究、そして後進育成にいたるまで、日本人の仕事観とものづくりの精神がいかに深く社会を支えてきたかを浮き彫りにしている。
朝日新聞やNHKなどの言論人とは対極にある、日本の底力としての職人精神を考えるうえで必読の内容である。
2019-04-19
私が…。
日本は真の大国であると思っている事の大きな因子の一つが…。
日本人が持っている職人気質である。
以下は4/13に読売新聞に掲載された記事からである。
私が…。
日本は真の大国であると思っている事の大きな因子の一つが…。
日本人が持っている職人気質である。
彼らの正反対にいるのが、朝日やNHKや所謂文化人達…。
唾棄すべき連中であると言っても過言ではない。
私が大阪で有数の酒豪であった頃、ある料亭で何度も口にしたお酒である菊姫の名前も出て来る。
この料亭のマスターは、一番の常連だった私に、日本酒の目隠しテストを提案して来た…。
日本酒は当てるのが一番難しい…。
私らでも分からないほど…。
ある日、客は私だけだった夜遅く、突然、彼が「今、やりましょう」と言って、三種類のお酒を出して来た。
当時、私は12種類のビールの目隠しコンテストで全問正解した事もあったから、自信はあったのだが、確かに、一口含んだ時に、日本酒は難しい、直ぐ思った。
20種類以上のアミノ酸がふくまれているから、複雑な味わいになるのである。
だが、それでも私は…。
我ながら実に見事に、全部を当てた…。
マスターは本当に驚いていた…。
私の味覚について彼が一層の敬意を表してくれたことは言うまでもない。
(笑)
日本酒造り。
麹が生命線。
外国人の好みも探る。
杜氏、現代の名工。
農口尚彦さん。
杜氏を引退して2年のブランクがあったのですが、一昨年、石川県小松市の「農口尚彦研究所」と名付けた酒蔵で復帰しました。
「元気ならまたうまい酒を造ってくれ」というファンの方の声がありました。
家で何もしないでいると体の調子も良くない。
やはり自分は仕事やな、と思います。
研究所には、テイスティングルームも設けました。
わしは下戸で酒が飲めない。
だからお客さんの声を聞き、お客さんが喜ぶ酒を造ってきました。
ここで酒を飲んでもらい意見を聞く。
ノートに感想を書いてもらい、酒造りにいかそうと思っています。
20代と30代の若い社員が7人います。
わしも毎朝4時に起きて彼らと一緒に酒造りをします。
酒造りが始まると併設の寮に泊まり込みです。
今季も昨年9月に来て5月まで働きます。
杜氏に復帰するのは妻も子どもも反対でした。
半年以上家を空けますからね。
逃げるようにして来ました。
酒は自分の思いだけで造ってはだめというのは、最初に杜氏になった「菊姫」で痛感しました。
石川県鶴来町。
現白山市。
の酒蔵です。
若い頃は、東海地方で酒造りを習いました。
暖かい地方なのできれいな酒です。
杜氏1年目でその酒造りをしたら評判はさんざん。
「うっすい。
飲んでられない」との声がやたら来ました。
鶴来町は、木こりなど山仕事が盛んでした。
地元の人は腹ぺこになって夕方山を下りて、酒屋の縁側に座り2合ほど晩酌をする。
飲むと寝付きがよく目覚めもよい。
そこで求められるのは濃い酒です。
ところが東海のきれいな酒でしょ、全然受けなかった。
その頃、山廃造りに出会いました。
当時、酒母。
発酵に必要な酵母を増殖させたもの。
を造るには市販の乳酸を添加する速醸が主流です。
一方、山廃は自然にある乳酸菌を取り込むため手間も時間もかかる。
でも全然味が違うんです。
京都の酒蔵に3年間通いました。
春になれば造った酒を持って行き意見を聞く。
10年か15年くらいでようやく杜氏として自信が持てるようになりました。
日本酒は米が原料。
米のうま味が感じられなかったら日本酒じゃないと思っています。
それに喉を通る余韻と、通った後にスカッとする切れ味の良さ。
「あれ、あの味はどこ行ったかな」と思うほどの切れ。
飲めば飲むほどまた飲みたくなる酒です。
「一麹、二酛、三造り」と言うように、麹づくりが日本酒の生命線です。
わしは麹室に入ったら必ず麹を食います。
噛んだときの食感で、菌糸が米に入り込みやすいかを見ています。
夜、2回も3回も麹を食うでしょ、虫歯ばかりで40代で総入れ歯になりました。
東京でわしの酒を飲んだ外国人が、こんな田舎まで来て買ってくれます。
これからは海外でも大いに飲んでほしい。
日本人でも土地や時代で嗜好は変わります。
海外の人の嗜好を研究して市場を作り出す努力が必要だと思います。
ここを設立する際、幸いたくさんの応募がありました。
以前教えた弟子は十数人が杜氏として各地で活躍しています。
今も電話で相談を受け、造った酒を交換しています。
ここの若い人たちもわしにぶつかってきてくれますよ。
職人は体で覚えるのが一番ですからね。
(聞き手・米山裕之)