戦勝国を名乗った在日朝鮮人—敗戦利得者として戦後日本に居座った者たちの実相

本章は、戦後日本の混乱の中で「敗戦利得者」として台頭した在日朝鮮人の問題を論じている。
闇市、不法占拠、税務行政の不均衡、そして自らを「戦勝国民」と称した異様さを通じて、戦後日本の統治の歪みを鋭く告発する一節である。
さらに、日本軍に志願し、特攻隊にまで参加した朝鮮人もいた事実を挙げながら、戦後に広まった虚構を批判している。

2019-05-28
それどころか、彼らのなかには日本軍の特攻隊にも参加してくれた人もいたし、日本軍の景気のいい時は志願兵が多くて競争率が何十倍にもなっていた。

以下は前章の続きである。
戦勝国と称した在日朝鮮人。
このように、いまの日本の政治を難しくしているのが敗戦利得者たちだ。
他の敗戦利得者として、在日朝鮮人の勃興がある。
戦前の日本に来た普通の朝鮮人には金持ちなど一人もいなかった。
それが戦後は一人残らず金持ちになった。
あとで貧しくなった人たちもいるが、その人たちは強制連行されたなどと嘘をつく。
彼らは戦後の焼け跡に住みついて、それが自分の土地だと主張し、金持ちになった。
だからパチンコ店や焼き肉屋が駅の近くの便利な場所にある。
あの土地を元来、彼らが持っていたはずはない。
戦争で焼けて所有者が亡くなったり、行方知れずになったりした所に居座った例が多いのだ。
そんなことができた理由の一つに、日本には当時、不動産泥棒に対する罰則がなかったということがある。
不動産を盗むということが普通はないからだ。
焼け野原になった日本で最初に駅の近くにできたのは闇市で、そこでは警察が取り締まれなかった集団が圧倒的に有利だった。
これがいわゆる第三国人である。
第三国人というのは蔑称ではない。
日本と戦った当事国ではない国を第三国と言っただけのことだ。
神戸では、第三国人に警察まで占領されたことがあった。
それを救ったのが暴力団の山口組だったりしたものだから、長い間、警察は山口組に頭が上がらなかったと言われる。
在日朝鮮人は戦後、あたかも正義のごとく、自分たちの主張を通してきた。
しかも自分たちを戦勝国民と称した。
特に北朝鮮系の団体には、税務署もずっと入らないままだった。
米ブッシュ政権が北朝鮮をテロ国家と指定し、小泉政権がそれに応じて拉致問題を絡めて経済制裁をし、ようやく普通の日本人並みに税務調査が入った。
戦後六十年間、税金をまともに取られなかった者と厳しく取られた者の儲けの差といったら、大変なものである。
たとえば赤坂を歩いてみるとわかるが、伝統的な高級料亭が次から次へと潰れ、そのあとにコリア系の店ができる。
日本人の高級料亭がまともに相続税を取られて潰れたあとに、税務署も手の出せなかったような連中が入ったという印象を受ける。
木田元という哲学者が、私の郷里に疎開されていた。
この人は海軍兵学校の学生時代に敗戦になって、原爆も呉沖から自分の目で見た。
そして父親が復員してくるまで、母親や女きょうだいを食べさせるために担ぎ屋、すなわち闇物資の運搬をやっていた。
当時の体験として、彼がこんなことを語っている。
敗戦直後は汽車が物凄く混む。
ところが朝鮮人が乗っている車両は、彼らが日本人を入れないからがらがらに空いていた。
そこに木田さんが入って行くと殴られる。
それでも頑張って潜り込んだという。
こういう事態に対して、日本にはどうする力もなかった。
悪徳朝鮮人を好き放題に蔓延らせたということを我々は忘れてはいけない。
私が一番腹立たしいのは、朝鮮人が戦勝国民だと言ったことだ。
日本は朝鮮と戦っていないにもかかわらず、そういうことを言い出した。
それどころか、彼らのなかには日本軍の特攻隊にも参加してくれた人もいたし、日本軍の景気のいい時は志願兵が多くて競争率が何十倍にもなっていた。

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