財閥解体と土地改革が壊した日本――占領政策という名の日本弱体化工作

2019-05-27執筆。
GHQによる財閥解体と土地改革が、日本の内政と経済基盤をいかに破壊し、戦後日本の弱体化を招いたかを論じる一節。
さらに、近代国家に不可欠な「富国強兵」の原理と、朴正熈が日本を手本として韓国の経済発展を推し進めた事実を対比しつつ、占領政策の本質を鋭く問う論考である。

2019-05-27

以下の書は日本国民全員が必読であるのみならず世界中の人たちにも必読の書である。
朝日新聞を購読しNHKを視聴しているだけの人たちが全く知らなかった事実…知らされなかった事実が満載されている。
戦後日本で最高の書の一つである。
渡部昇一氏は私の生まれ故郷である宮城県の隣県である山形県の出身である。
山形県人は、戦後日本で最高の知識人であり日本の本物の宝物である氏の同郷人である事を日本と世界に向かって誇り続けなければならない。

以下は前章の続きである。

財閥解体は日本弱体化政策

占領軍は公職追放令以外にも、日本の内政にさまざまな政策を行なった。
そのなかに、財閥解体と土地改革がある。
この二つの政策をアメリカで行なうことができるだろうか?
できるわけがない。
アメリカのテキサスあたりに行って「農地改革だ」などと演説したら、三日以内に死体になって転がっているだろう。
自分の国では絶対にできないことを日本国で行なったのである。
財閥は左翼にとって目の敵だったが、おそらくアメリカの左翼でない人々も日本の財閥の解体を支持したはずである。
それは、天然資源が何もなく、国土の八割が山である小さな島国が、アメリカを相手に大戦争をしたからだ。
少なくとも最初の一年半くらいは、どちらが勝つかわからないような状態だった。
これをアメリカは日本に財力があったからだと受け取った。
だから、財閥解体は日本に二度と戦争をさせない防波堤になると考え、それを支持したのであろう。
これに関しては、アメリカの右も左も一致してやりたかったのだと私は考えている。
ただ、さすがに経済界から戦犯は出さなかった。
財閥から戦犯を出すことはさまざまな理由からやめたようだ。
たしかに、満洲などに進んで出ていったのは新しい財閥であって、旧財閥ではなかった。
しかしもちろん、公職追放はされている。
近代国家として発展するためには財閥的なものがなければならないということを一番よくわかっていたのは、韓国の朴正熈(注1)大統領だったと思う。
近代国家というのは、「富国」でなければ「強兵」は実現しない。
いくら武士を鍛えても、鉄砲には負ける。
鉄砲も、三百メートルの射程距離のものよりも五百メートルの射程距離があるものが勝るのは明らかだ。
李王朝がそれをやらなかったということを、戦前の心ある韓国人は骨身にしみてわかっていたと思う。
だから朴正熈は財閥を作らせた。
そして彼は明治維新の真似をして、「維新革命」というものを行なった。
日本が羨ましかったのだ。
そして「漢江の奇跡」とのちに呼ばれる経済成長を成し遂げ、韓国を富国に向けて発進させた。

(注1)朴正煕(1917~1979)韓国の軍人・政治家。
日本統治下の韓国に生まれ、日本の陸軍士官学校を卒業。
終戦時は満洲国軍中尉。
61年、クーデターにより軍事政権を樹立、63年に韓国大統領に就任。
日韓基本条約を締結し、高度経済成長政策を推進したが、79年、側近のKCIA部長、金載圭によって暗殺された。

この稿続く。

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