神護寺「伝平重盛像」の奇跡――マルローが世界最高の肖像画と讃えた日本美術の至宝

2019-05-24執筆。
神護寺の「伝平重盛像」が、アンドレ・マルローにより世界最高の肖像画、東洋のモナ・リザと称賛され、ルーヴル美術館や南仏の展覧会で西洋の名画群と並びながら強烈な存在感を放った歴史を紹介する一文。
「ミロのビーナス」と「モナ・リザ」来日の陰にあった、日本美術の底力を照らす論考である。

2019-05-24

神護寺三像 伝平重盛像 日経新聞12月4日16面より…本日の全新聞中の白眉はこれだろう。

神護寺三像 伝平重盛像 日経新聞12月4日16面より…本日の全新聞中の白眉はこれだろう。と題して2011-12-04に発信した章が、今、リアルタイムベスト10に入っている。
フランスの作家、アンドレ・マルローは京都・神護寺の「伝平重盛像」を世界最高の肖像画と称賛した。
ルーヴル美術館で「ミロのビーナス」の代役を務め、「モナ・リザ」に比肩されたこの作品は1981年、大規模な修復で本来の輝きを取り戻した。
1964年、フランスから「ミロのビーナス」が来日した。
展示会場の国立西洋美術館と京都市美術館で計172万人が来場し、社会現象といえるほどの盛り上がりを見せた。
来日は「日仏美術交流」と称する事業の一環であり、フランスでこれを推進したのが文化相でもあったマルロー。
交換条件として日本からフランスに渡り、ルーヴルで展示されたのが伝重盛像だった。
73年、伝重盛像は再び渡仏。
この時も企画者はマルローだった。
自らの評論「空想美術館」で古今東西の美術品から選んだ究極のコレクションを現実のものとすべく、180点の作品を南仏サン・ポールに集め展覧会を開いたのだ。
伝重盛像はティツィアーノやゴヤ、セザンヌ、ゴッホらの西洋絵画に交じり、強い異彩を放った。
日本に傾倒し、幾度も日本を訪れたマルローは伊勢神宮と那智の滝、そして伝重盛像に日本文化の精髄を見た。
マルローは伝重盛像を「東洋のジョコンダ(モナ・リザ)」と呼んだ。
この再度の渡仏は74年、ダ・ビンチの「モナ・リザ」来日につながり、展示会場の東京国立博物館に150万人が来場した。
ルーヴルが所蔵して以降、「ミロのビーナス」が国外へ出たのは来日時の1度だけ、「モナ・リザ」は来日時を含め2度だけ。
2つの名品を日本にまで呼ぶことができた陰には伝重盛像の力があった。
…後略。

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