なぜマスコミの途方もない馬鹿騒ぎが何度も繰り返されるのか。—西部邁『マスコミ亡国論』が暴く、煽動と過剰報道の歴史—

2019年6月26日に発信した本稿は、故・西部邁氏の『マスコミ亡国論』を踏まえ、戦前から戦後に至るまで日本のマスコミが繰り返してきた煽動、過剰報道、歪曲報道の構造を厳しく抉る一節である。
満州事変、60年安保、南京事件、教科書誤報などを例に、マスコミが自らの誤りを総括せず、同種の馬鹿騒ぎを反復してきた実態を明らかにしている。

2019-06-26
しかし一部の大新聞は「大虐殺」を批判する方向でキャンペーンをやっておきながら、それが自分たちの過剰報道であったということにはついぞ明確にしていない。

以下は、下記の故・西部邁氏の本「マスコミ亡国論」からである。
活字が読める日本国民は全員、今すぐに最寄りの書店に購読に向かわなければならない。
世界中の人たちは、私の翻訳で、皆さんの国のマスコミも同様である事を知るだろう。
なぜマスコミの途方もない馬鹿騒ぎが何度も繰り返されるのか。
マスコミによるルールはずれの馬鹿騒ぎが、もしはじめて起こったというのならば、国民がそれにのっかっていくのもやむをえないこととしなければなるまい。
しかし日本の近代史を少々ひもといてみれば、マスコミの馬鹿騒ぎ、そして時たたずしていったい何のための騒ぎだったのか誰もが途方に暮れてしまうような馬鹿騒ぎは幾度も持ち上がっていたのである。
たとえば満州事変のとき、あらゆる新聞が日本軍の進撃に万歳を送った。
私は「反戦」主義者でも「反軍国」主義者でもないので一般的に戦争を悪だといいたいのではないが、ともかく、マスコミが戦争を煽り立てたのは疑いようのない事実である。
あるいは斎藤隆夫代議士が粛軍演説を孤立無援のなかでやったとき、彼を議会から葬り去れと軍人と一緒になって騒いだのもマスコミであった。
このように戦前の歴史をちょっと眺めただけでも、一部軍人の横暴なり策略なりによって戦争が起こったのだとはとうてい思われない。
マスコミが戦争の煽動集団として重要な役割を果たし、それに逆らう自由主義者たちを次々と集団リンチにかけ葬っていったという事例は数知れない。
そのことについてマスコミはほぼ完全に口をぬぐっている。
戦後とて例外ではない。
私自身のことを例にとると、私は20歳の頃、1960年の日米安保条約改定に反対する左翼過激派のなかの駸若年の指導者として、警察にも捕まり裁判所にも通ったりしていた。
その後、私は自分で考え自分で判断することによって、この日米安保条約改定は日本の立場からして正当なものであり、また左翼の理論にも行動にも正当性がないという結論に達した。
そのことを文章で表明しもした。
ところで、当時のマスコミも大なり小なり60年安保にたいして批判のキャンペーンを展開した。
しかし、60年安保が日本国家、日本国民にとってはむしろ有益なものであったという歴史的評価が日本社会のなかに定着したあとになっても、マスコミは自分らの言動について反省するところがないのである。
戦後におけるマスコミの過剰報道もしくは歪曲報道については枚挙に暇(いとま)がない。
そのことを批判した書物もたくさんある。
たとえば日本軍が30万人の中国人を虐殺したといういわゆる南京大虐殺事件というのはどうやら捏造であるようだ、少なくともその可能性が強いということはもはや否定すべくもない。
しかし一部の大新聞は「大虐殺」を批判する方向でキャンペーンをやっておきながら、それが自分たちの過剰報道であったということにはついぞ明確にしていない。
そのことを論議の対象にすることすらしない。
近々の例でいえば、いわゆる教科書問題もそうだ。
日本の教科書でっ侵略」という表現が「進出」と書き直されているというふうにマスコミが報じた。
それがきっかけになって中国政府が日本を批判し、それにたいして日本の大臣が謝罪するというようなことが起こった。
その直後、よく調べてみると「侵略」を「進出」と書き改めたという事実はなかったと判明した。
にもかかわらず、一部の新聞を除いて、マスコミはそれが自分たちの誤報であったということを認めないである。
その他もろもろ、マスコミが大騒ぎしてみせたが、騒ぎが終わってみると、それが単なる馬鹿騒ぎであったと判明し、しかも情報の捏造まで含めた馬鹿騒ぎであったとわかる、というような事態が累積している。
この項続く。

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