日本独立反対派の系譜と民主党政権――「全面講和」論の欺瞞を衝く。
サンフランシスコ講和条約をめぐる「全面講和」論の実相、旧社会党と共産党、朝日新聞や岩波書店を含む左翼知識人、そして民主党政権へと連なる戦後政治の系譜を論じた一篇。
日本独立反対派の流れがいかに戦後日本の政治と世論を歪めてきたかを、渡部昇一の視点を通して鋭く問う論考。
2019-06-19
ところが、彼らが「単独講和」と呼んだものはアメリカを含む40数ヵ国、絶対多数との講和であり、「全面講和」というのはソ連とその衛星国僅か2、3ヵ国を含めるということにすぎなかった
以下の書は日本国民全員が必読であるのみならず世界中の人たちにも必読の書である。
朝日新聞を購読しNHKを視聴しているだけの人たちが全く知らなかった事実…知らされなかった事実が満載されている。
戦後日本で最高の書の一つである。
渡部昇一氏は私の生まれ故郷である宮城県の隣県である山形県の出身である。
山形県人は、戦後日本で最高の知識人であり日本の本物の宝物である氏の同郷人である事を日本と世界に向かって誇り続けなければならない。
日本独立反対派の後裔だった民主党政権
安倍晋三総理が平成19年(2007)に病に倒れ、退陣を余儀なくされると、そのあとを福田(康夫)内閣、麻生(太郎)内閣が引き継いだが、党内の内紛や年金記録の杜撰な管理が明るみに出たことによって、平成21年の衆議院選挙で自民党は大敗。
朝日新聞などの“反日”メディアの後押しもあり、民主党が第一党に躍り出て、鳩山由紀夫政権が誕生した。
振り返ってみれば、民主党政権の誕生は日本にとって大いなる不幸の始まりであった。
元内閣安全保障室長の佐々淳行氏が言っているように、日本に左派の弱体政権ができると、なぜか日本列島を災いが襲う。
平成7年(1995)の村山富市(社会党党首)内閣の下では阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起きた。
平成23年(2011)、民主党の菅直人内閣のときには東日本大地震および福島原発事故がめった。
地震と津波までは天災として諦めるとしても、原発事故に関しては菅政権が引き起こした人災というほかはない。
そもそも民主党政権は、旧社会党の流れを汲む政権だった。
旧社会党の本質を明確に示すのは、サンフランシスコ講和条約(昭和27年発効)に対する姿勢である。
講和条約の締結は日本の独立回復、再建への第一歩となる極めて喜ばしい出来事であった。
ところが、当時は朝鮮戦争のさなかにあり、まさに東西冷戦が始まった時期であった。
アメリカ主導の講和条約を結べば、日本は自由主義陣営につくことになる。
当然ながら、ソ連は猛反対した。
日本共産党と社会党はスターリンの意向に従い、「全面講和」を主張して、講和条約の締結に反対したのである。
朝日新聞、岩波書店をはじめ、日本の左翼的知識人もこれに同調して、「全面講和か、単独講和か」というスローガンを打ち出した。
そのように言われれば、全面がいいに決まっている。
ところが、彼らが「単独講和」と呼んだものはアメリカを含む40数ヵ国、絶対多数との講和であり、「全面講和」というのはソ連とその衛星国僅か2、3ヵ国を含めるということにすぎなかった。
当時の世界情勢においてソ連とアメリカ、両陣営と同時に講和条約を結ぶというのは不可能で、いつのことになるかわからない。
つまり「全面講和」論者とは、日本の占領状態が続くことを願う勢力であるということだ。
だから当時の吉田茂首相は、全面講和派の南原繁東大総長を「曲学阿世の徒」とこき下ろしたのである。
共産党がソ連の命令に従うのは当然として、ではなぜ野党第一党の社会党が講和条約に反対したのだろうか。
いま思えば、その大きな理由として考えられるのは、当時の社会党支持者たちには左冀のみならず敗戦で大儲けした人々、いわゆる“敗戦利得者”が加わっていたことである。
敗戦利得者というのは、戦前、コミンテルンの影響下にあったため冷遇されていた岩波書店を本拠とする文化人や学者たち、それから第三国人である。
第三国人は物資不足に苦しむ占領下の日本において、闇物資で莫大な利益を得た。
日本人に対しては厳しい取り締まりがあったが、第三国人に対しては日本の警察はほとんど手が出せなかったからである(第3章「戦勝国と称した在日朝鮮人」参照)。
しかし独立が回復されれば、日本の警察権が戻る。
これは第三国人にとってはただならぬことであった。
これは選挙資金その他について在日朝鮮人から多大な援助を受けていた社会党にとっても由々しき問題であり、それが「単独講和」反対の理由の一つであったと考えられるのである。
その利害関係は今日、民主党に引き継がれている。
民主党が選挙で圧勝し、政権を奪ったときには、党首をはじめ当選者たちは公然と在日に感謝の意を表した。
つまり、民主党政権実現に大きな力となったのは、一口で言えばサンフランシスコ講和条約反対派、つまり日本独立反対派の流れを汲む勢力であった。
このことをわれわれは忘れてはいけない。
事実、菅元首相は外国人(在日韓国人)からの違法献金が問題視され、議会で問い詰められていた。
そのさなかに東日本大震災が起こり、追及は中途半端な形に終わらざるを得なかったのである。
この稿続く。