映画『Fukushima 50』が描く「総理」の実像
2019年11月3日発信。
産経新聞に掲載された阿比留瑠偉氏の論考をもとに、映画『Fukushima 50』が描く東京電力福島第一原発事故当時の「総理」像を紹介する。
現場がベント作業や海水注入に必死に取り組む中で、官邸の介入や「総理」の視察が現場に与えた影響、吉田昌郎所長ら福島第一原発職員の極限状況を描いた映画の意義を論じる。
2019-11-03
「総理」は吉田氏を約20分間にわたり拘束し、結果的にベント実行指示を遅らせる。
また、原子炉冷却のため消防車とともに駆けつけた陸上自衛隊が、「総理」が来たために入り口で足止めを食う。
以下は、10月31日、産経新聞に、フクシマ50が描く「総理」像、と題して掲載された現役記者の中では数少ない本物のジャーナリストである阿比留瑠偉氏の論文からである。
阿比留氏の祖先は、古代、外敵からの侵攻を防ぐために九州沿岸に配備された防人の長だった事は既述のとおり。
見出し以外の文中強調は私。
平成23年3月11日に起きた東日本大震災と東京電力福島第工原子力発電所事故で、第1原発の現場職員らがどんな状態に置かれ、何を考え、どう事故に立ち向かったかを描いた映画『Fukushima50(フクシマフィフティ)』(来年3月公開)の試写を見る機会があった。
原作はジャーナリストの門田隆将氏が事故当時、第1原発所長だった故吉田昌郎氏をはじめ関係者ら90人以上に取材して書いた『死の淵を見た男・吉田昌郎と福島第一原発の500日』である。
実話を基に丁寧に制作されただけに、リアルで迫力満点だった。
いきなりの「視察」で。
映画の場面は吉田氏が陣頭指揮を執る免震重要棟、原子炉1、2号機を操作する中央制御室、官邸、東電本店に避難所とめまぐるしく移り変わる。
ただ、筆者は事故当時、首相官邸キャップとして官邸の政治家や関係官僚に取材をしていたため、彼らの言動がどう描写されるかに注目した。
映画では政治家の固有名詞は出てこない。
氏名不明な[総理]や「官房長官」が登場するだけである。
とはいえ、当時の首相や官房長官が誰だったかは忘れたくても忘れられない。
例えば、次々に起きるアクシデントの中で、現場が原子炉格納容器の爆発を避けるため、決死隊を募り、格納容器内の気体を放出するベンドの作業に取り組もうとしている最中の12日未明に、いきなり「総理」が視察に来ると連絡が入る。
現場が疲労困憊しつつも事故への対策に懸命に取り組んでいる最中に、ヘリコプターで到着した「総理」は、免震重要棟に入る際の汚染チェックを拒否し、大声を上げる。
「何で俺がここに来たと思っているんだ。こんなことをやっている時間なんてないんだ」
最前線基地である免震重要棟が、外を歩いてきた自分たちによって汚染される危険など頭にない「総理」は声を荒らげる。
「ベントを何で早くやらないんだ」
映画では「総理」は吉田氏を約20分間にわたり拘束し、結果的にベント実行指示を遅らせる。
また、原子炉冷却のため消防車とともに駆けつけた陸上自衛隊が、「総理」が来たために入り口で足止めを食う。
映画は実像より温和。
「官邸が、グジグジ言ってんだよ」
このほか、吉田氏が既に始めていた海水注入による原子炉冷却を、東電役員が官邸の要求だとしてやめるよう命令するシーンも出てくる。
「総理」は15日には東電本店に乗り込み、演説を行った。
これは福島第1原発でもテレビ映像で流れていた。
「総理」は怒りをあらわに絶叫する。
「撤退したら、東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」
この場面では、極限状態の中で、死を見つめつつ現場に残ると決めた第1原発の緊急対策室の所員があきれ、不快感を示す。
ちなみにこのときの「総理」について吉田氏も、政府の事故調査・検証委員会の聴取結果書(吉田調書)でこう証言している。
「ほとんど何をしゃべったか分からないですけれども、気分悪かったことだけ覚えています」「何か喚いていらっしゃるうちに、この事象(2号機で大きな衝撃音、4号機が水素爆発)になってしまった」
映画の「総理」は、筆者が見聞きした実像からみればまだ温和だった。
ともあれ、あの「悪夢」をきちんと記憶し、後世に伝えるためにも、映画館に足を運ぶ価値はあるだろう。
(論説委員兼政治部編集委員)