石角完爾「日本よ、核を持て!」続編――国家の命運を決めるのは軍事技術である
2019年12月2日発信。
月刊誌WiLLに掲載された石角完爾氏の論文「日本よ、核を持て!」の続きとして、日本が真に生き残るためには憲法改正よりも核保有と軍事技術優位性の確立が不可欠であるという主張を紹介する。
日米同盟への過信、アメリカの戦略的関心が沖縄に集中している現実、そして「最新最強の武器」を持たない国家が大国に滅ぼされてきた歴史を、ベネツィアとアレッポの対比を通じて論じる。
国家の興亡を決めるものは精神論ではなく、Techno-SupremacyとMilitary Supremacyであることを説く。
2019-12-02
逆に言うと、「最新最強の武器」を持たない国はいくら全方位外交で頑張っても、いずれは大国から滅ぼされるか領有される。
以下は前章の続きである。
沖縄以外に価値なし。
もう一つ、今自説を本誌に発表しようと思ったのは現下の自民党政権が改憲にヤケに前のめりになっているからです。
今の改憲論は、精神論というかマッカーサーの憲法はおかしいという「あるべき論」「そもそも論」に火をつけるだけで、国論を分断するので政権の末期にやることではありません。
“軍事技術のみが国の命運を決定する”という冷厳な歴史的事実(Techno-Supremacy〈技術優位性〉)から日本人の目を遠ざける効果しかない、という危機感を自分の心の中に積もらせたからです。
マッカーサー憲法廃止改訂論は国際軍事的には実に些末な問題で、それより1万倍も100万倍も重大なことは、「Techno-Supremacy」に裏打ちされた「Military Supremacy(軍事優位性)」を一刻も早く確立することでしょう。
その理由は実に単純で、いつの時代も生き残ってきた国は常に「最新最強の武器」を持っていたからです。
逆に言うと、「最新最強の武器」を持たない国はいくら全方位外交で頑張っても、いずれは大国から滅ぼされるか領有される。
身近な沖縄が良い例でしょう。
第一に、日本人は「アメリカが守ってくれる」という幻想を捨て去るべきでしょう。
事実、トランプ大統領は2017年の就任演説の際にも「(アメリカは)他国を守るために、自国の軍隊を犠牲にしてきた」と不満を吐露しています。
実際、現在のアメリカの世論やトランプ大統領の動向を見ても、「アメリカの犠牲において他国を守る必要はない」という姿勢はまったく変わっていません。
つまり、いつ日米同盟(日米安全保障条約)が破棄されてもおかしくない状況にあると言えます。
アメリカが核を保有している理由は、抑止力の保持以上に米国自らの先制攻撃のためという意味合いが強い。
そして先制攻撃には、それなりの動機と事態が必要です。
アメリカの世論調査によれば、およそ二万人の米国民の命が危機に瀕するほどでなければ、核兵器による先制攻撃は行わないという調査結果が出ているものの、日本を守るため米軍兵士が二万人も犠牲になる事態はまず起こり得ないでしょう。
唯一考えられるとすれば、中国人民解放軍が沖縄周辺に攻め入った場合ですが、中国にとって重要なのは台湾と台湾海峡です。
米軍がその二つを抑えてしまえば大きなリスクを冒してまで沖縄を攻めてはこないでしょう。
むしろ危惧するべきは朝鮮半島の有事です。
アメリカが核兵器を使用する可能性が最も高いのは、北朝鮮が韓国に攻め入ることで38度線に張り付いている在韓米軍2万7千人の命が危険に哂された場合でしょう。
その際には米軍が核による先制攻撃を行う可能性がありますが、その核は無論、日本のために使用されるわけではありません。
アメリカからすると日本国内において重要な戦略地域は、あくまで沖縄です。
ぺリーが来航したのは沖縄を領有化するためであり、浦賀沖に来た理由は江戸を震撼させるためではなかった。
当時のペリーの航海記録を見ても、江戸湾(東京湾)には1度や2度しか訪れていないのに対し、沖縄には7、8回も立ち寄って周辺の湾という湾をすべて測量しています。
それほどまでに沖縄は、アメリカにとって中国からインド洋に向けて艦隊を展開するための決定的に重要な地域なのです。
つまりアメリカにとって日本とはアメリカ兵が多数いる沖縄の米軍基地以外に価値はなく、その基地も日本を守るための基地ではなく、あくまでアメリカの太平洋戦略の拠点に過ぎないということです。
辛うじて、横須賀や岩国は原子力潜水艦の修理や物資の補給基地としての役割を果たしていますが、それらはすべてグアムに移してしまえば済む話ですし、沖縄の米軍基地でも提供できます。
要するに、アメリカは、中国と、台湾・沖縄相互不可侵の秘密協定さえ結んで太平洋を中国海軍と分け合うことで折り合いをつけることができれば、日本本土の戦略的価値は「ゼロ」になるでしょう。
つまり日本本土(言ってしまえば東京や大阪)は、米軍が核の先制攻撃で守る価値はなくなるのです。
国家の興亡と「武力」。
したがって今後、日本が数百年にわたって生き残り続けるために今すべきことは、核兵器の保有であって憲法改正ではありません。
近年、日本では安倍政権下での憲法改正が政治争点となっていますが、憲法改正は核武装の前提条件ではなく、双方はまったくの無関係なのです。
「最新最強の武器」を持たなければ、世界の覇権争いの中で生き残ることはできません。
歴史を振り返ってみても、そのことが証明できます。
最たる例の一つとして「ベネツィア」と「アレッポ」という対照的な都市を紹介しましょう。
ベネツィアは中世ヨーロッパに栄えた都市国家で、中近東にまで通商網を広げた商業都市です。
そして、それと同時に強力な軍事力を有する中世ヨーロッパ最大の武装国家でもあった。
中でも、当時のベネツィアは一日に軍艦を数隻建造できるほどの戦艦建造能力を有し、戦争によって戦艦が数隻沈んでも、翌日には数百隻の大艦隊を地中海に展開できたほどです。
当然それらの戦艦には、当時として最大の破壊力を持つ大砲を常に搭載していました。
一方、アレッポは中国と地中海を結ぶシルクロードの要衝に位置し、紀元前2千年ごろから21世紀に至るまで繁栄し続けた商業文化都市でした。
かつては「ヨーロッパ人が旅行をするなら、皆アレッポに行く」と言われたほどで、世界的に優れた文化遺跡も少なくなかった。
しかしアレッポはベネツィアとは異なり、最新の武器どころか、決して武力を持とうとは思いませんでした。
その結果、ヒッタイトやアッシリア、ビザンツ帝国、オスマン帝国といったメソポタミア地域の大国の脅威に翻弄され、ついには2014年にアルカイダ系組織によって完全に破壊されたのです。
シルクロードを流れてくる物資を陸路ではアレッポが、海路ではダマスカスを通って地中海に流れてきた物資をベネツィアが握ります。
ベネツィアとアレッポは、一方が栄えれば他方も栄える、まさに持ちつ持たれつの関係にありました。
にもかかわらず、二つの都市国家がまったく異なる道を歩むことになったのは、やはり国家が武力を有していたか否かが決定的な要因だと言えます。
特にベネツィアは、常に時代ごとの最新最強の武器を製造し続けていた。
だからこそアレッポよりも長く都市国家として繁栄し続けることができたのです。
ところが、そのベネツィアを陥落させる事態が発生しました。
原因は最新かつ最強の武器によって、それまで一度として他国の侵略を許さなかった世界最大の都市国家は、オーストリアによる世界史上初の「空襲(厳密には風船爆弾)」によって攻め落とされたのです。
あくまでたとえ話ですが、イジメを受けたとき、その対処法の一つに「先生に言いつけて代わりに守ってもらう」ことが考えられます。
しかし、誰も守ってくれないのであれば、自分自身が強くなるしかありません。
最も簡単な対処法は、武器を持つこと。
相手がナイフを手にしているのであれば、こちらは拳銃を持つ。
常に最新最強の武力で対抗すれば、相手を黙らせることができるのは、実に「単純明快」な歴史的真実です。
この稿続く。