日本半導体産業を没落させた新自由主義と円高デフレ容認政策――田村秀男が説く国家戦略再建の必要性
2020年1月7日発信。月刊誌「正論」に掲載された田村秀男氏の論文の続きとして、日本の半導体産業が1970年代の超LSI技術研究組合によって飛躍的発展を遂げながら、バブル崩壊後の新自由主義、株主資本主義、円高デフレ容認の財政金融政策によって没落していった経緯を論じる。官民ファンドの存在意義を認めつつも、財政、金融、産業を網羅する総合的な国家戦略の再建が不可欠だとする。
2020-01-07
何より大きな要因はやはりバブル崩壊後、日本の官民を覆った新自由主義の大潮流と、円高デフレ容認の財政金融政策とみる
以下は前章の続きである。
読者は筆者である田村秀男が日本の経済評論家の大多数が財務省の受け売りの知識しか持ち合わせていない実態の中で、数少ない本物の経済評論家である事を痛感するだろう。
今月号の月刊誌正論は日本国民全員が最寄りの書店に購読に向かわなければならない内容に満ちている。
戦略立て直しを急げ
ではどうすべきか。
官民ファンドは無用なのか。
筆者は上記のような経済環境のもとでカネが民主導で動かない限り、やはり官民ファンドの存在意義と役割は大きいとみる。
文字通り民主導で、無数のベンチャーキャピタルや投資ファンドが林立してシリコンバレーなどで新興企業に投資して絶大な成果を上げてきた米国に比べ、日本や欧州にはそんなビジネス風土がない。
それでも、産業に関しては経産省に、カネについては財務省に巨大な情報が日々刻々集まっている。
情報に乏しいベンチャー企業にとっては資金と並んで官の情報とその分析能力が援軍ともなるはずだ。
もちろん、欠落しているのはそれだけではない。
生半可な輸入ものの新自由主義や株主資本主義は日本の土壌には合わないことは前述した通りで、日本型ファンドを追求すべきだ。
その際、官と民を結びつける強固な国家再生の意志と血気が前提となる。
前例はある。
1970年代、めざましい成果を上げた半導体開発プロジェクト「超LSI(大規模集積回路)技術研究組合」である。
通産省(現経産省)と富士通、NEC、日立製作所、東芝、三菱電機の五社が組んで、半導体で米国に追いつき追い越そうという野心に満ちた研究開発プロジェクトだった。
各社は最優秀の研究者、技術者を出し惜しみすることなく、約百人を結集させ基礎研究部門は共通、実用化は各社ごとの競争という形をとり、高密度の半導体製造装置の開発に成功した。
このプロジェクトを仕掛けた人物は1974年に51歳の若さで亡くなった富士通の池田敏雄専務である。
池田さんは「天才」だとライバル社のトップからも畏敬されていた。
目標は巨人IBMへの対抗にとどまらない。
池田さんは当時、駆け出しの記者だった筆者に向かって「超LSIとそれを使ったコンピューターはこれからどんどん進化して、そのうち超大型コンピューターは手のひらサイズにまで小さくなるぞ」と熱かった。
今のパソコンやスマホの登場を予見していたのだ。
その池田さんの夢が官民を動かした。
企業トップの多くは戦中派で「米国なにするものぞ」という国家意識がみなぎっていた。
政府は1976年度から4年間合計で700億円の補助金を出した。
当時の一般会計予算規模の0.05%余りのカネが種となって、日本の半導体技術は飛躍的に進歩し、1980年代半ばには半導体メモリーで米国勢を圧倒するようになった。
ところが日本の半導体産業は1990年代初めのバブル崩壊以来、没落を重ねていった。
日米半導体協定による対米自主規制、半導体メモリー特有のビジネスサイクルの読み違い、投資戦略の誤り、韓国、台湾の台頭など失敗の原因は数多く挙げられるが、何より大きな要因はやはりバブル崩壊後、日本の官民を覆った新自由主義の大潮流と、円高デフレ容認の財政金融政策とみる。
新自由主義は、官民から「日の丸」意識を一掃させた。
2000年代には米国流の「会社は株主のもの」という考え方が浸透し、企業の国民経済よりもグローバルな投資家を重視するようになった。
金融や産業界のグローバル化に合わせ、財政は緊縮、金融政策はデフレ容認へと傾斜していく。
その結果は円高である。
対照的に韓国はウォン安政策をとり、半導体ではサムスン電子などが日本の各社を圧倒するようになり現在に至る(グラフ参照)。
主要な半導体メーカーは相次いで半導体部門を切り離して企業連合を組んで産業革新機構から支援を受けたが、それでもエルピーダのように米国マイクロンに買収され、東芝ダモリは韓国メーカーを含む米韓日企業連合に売却された。
そして、パナソニックは最近、中国資本に半導体部門売却を決めた。
日本再生のために官民ファンドは欠かせないが、財政、金融、産業を網羅する総合的な国家戦略を立て直さない限り、迷走は続くだろう。