イランを追い込む「シーア派の弧」――革命防衛隊の市場支配と米国制裁の行方
産経新聞中東支局長・佐藤貴生氏の論考をもとに、米国の制裁、イラク・レバノン・イラン本国で広がる反政府デモ、革命防衛隊の国内市場支配、そして「シーア派の弧」を通じたイランの安全保障戦略を検証する。中東情勢が日本のエネルギー安全保障にも直結する重大問題であることを論じる。
2020-01-08
革命防衛隊の思考は逆だ。
国内市場が海外と切り離されれば、国際条約や商慣行を順守して、外国企業と競争する必要もないから、市場支配が容易になるという理屈だ
以下は月刊誌正論今月号、特集、2020年世界展望 ここに注目!、に、イラン追い込む「シーア派の弧」と題して掲載された、産経新聞中東支局長佐藤貴生の論文からである。
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中東ではトランプ米政権がイランと結んだ核合意を離脱し、2019年を通じて両国の対立が激化した。
特にイランの周辺は秋からは激動続きで、1979年の革命以来40年の歴史でも未曾有の事態が進行中との見方もある。
足元に渦巻く反感
イラクで19年10月初めに経済失政への反発を機に始まった反政府デモでは「イランは出ていけ!」が合言葉になるほどイランへの反感が高まっている。
イラン総領事館は2回も放火された。
イランの指導部同様、イスラム教シーア派が人口の6割を占めるイラクでは03年の米軍侵攻でスンニ派のフセイン政権が崩壊、11年には米軍が全面撤退した。
イランはこれらの機会を逃さず、シーア派の紐帯を軸にイラクに浸透を図ってきた。
14年にスンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が台頭した際には、「即座に武器、弾薬をイラクに送ってシーア派主体の政府を支援した」(首都バググッドの記者)とされ、18年の国会選では民兵を率いてIS掃討に貢献した親イランの元運輸相の政党連合が躍進し、イラン寄りの首相の擁立にも成功した。
しかし、首相へのデモ隊の辞任要求が高まった19年10月末にはイランの有力司令官がバグダッドを訪れ元運輸相に首相を支えるよう求めたとされる。
民兵組織の一部はイラク政府ではなくイランに忠誠を誓い、国内各地で自前の検問所を設けるありさまだ。
イランの露骨な内政干渉が原因で政治は機能不全に陥り、経済不振が深まっている。
そんな思いがイラク市民の反感の根底にある。
さらに注目すべきは、イラクに続き、19年11月にイラン本国で起きた反政府デモだ。
インターネットが遮断され詳細は不明だが、米政権は12月、わずか5日ほどで収束したとみられるデモで機銃掃射などにより1000人以上が殺害された可能性を明らかにした。
「革命休制の40年間で最大のデモだった可能性がある」(ロイター)との見方も出た。
イランは一部「暴徒」の射殺を認め、国民に安易にデモに加わらぬよう警告する狙いがにじむ。
体制への批判拡大に対する危機感の裏返しといえる。
デモの発端はガソリンの値上げだ。
イランは産油国だが、過去の制裁などで精製施設は老朽化し、原油を輸出し、ガソリンは輸入している。
さらに、国民の経済悪化への不満を抑えるため、年推定690億ドル(約7兆5000億円)の補助金でエネルギーを安価に抑えてきた。
しかし、核合意から離脱した米政権が原油の全面禁輸に踏み切り、イランは20年3月からの来年度予算のメドが立たず、難航したともいわれる。
いよいよ米制裁の効果が表れてきたようだ。
査察拒否なら緊張
苦境が深まるなかでも、イランは20年も国際社会を挑発し続けそうだ。
トランプ米政権が核合意離脱を表明した1年後の19年5月、イランは合意の履行義務を段階的に放棄すると発表し、同年11月には中部フォルドウの施設でウラン濃縮を再開した。
この施設は宿敵、イスラエルや米軍の攻撃を避けるため山岳部の地下深くに建設され、ロシア製防空システムが配備されたとも報じられた。
秘匿性が高い施設での濃縮再開に、核合意の維持を目指す欧州からも「根本的な(対応の)変化だ」(マクロン仏大統領)と強い警戒感が示された。
米国の制裁の打撃を軽減したいイランは、欧州に「核合意崩壊」の危機感をあおり経済関係の継続を迫る狙いがあり、今後もエスカレートする公算が大きい。
イランが欧州に見切りをつけ、国際原子力機関(IAEA)の査察拒否といった決断をすれば合意は実質的に葬られ、緊張が一気に高まる事態も想定される。
欧米との対立悪化も辞さないイラン指導部は「核兵器を持ちうる可能性」を決して手放さないだろう。
イランが持つウランの濃縮度は原発燃料に必要な5%前後で核爆弾に転用可能な90%にはほど遠い。
仮に核爆弾を手にしても「弾道ミサイルの精度はまだまだ低い」(イスラエルの軍事専門家)との見方が支配的だが、開発の余地さえ残しておけば核による反撃の可能性は残って、米やイスラエルに軍事攻撃を思い留まらせる抑止効果があるからだ。
指導部の集金マシン
現在のイラン指導部は最高指導者ハメネイ師を頂点に反米の保守派が大きな権力を握る。
首都テヘランでは穏健派のロウハニ大統領が推進した核合意に「政府は米国との取引に応じて騙された。トランプ氏は国家間の約束事を平気で反故にし、金も入ってこない」との批判を多く聞いた。
こうした世論のなかでイランが米側との対話に舵を切るとは考えにくい。
加えて、指導部には経済悪化のなかでも資金を手に入れる術がある。
反米保守の牙城である最高指導者直属の精鋭部隊「革命防衛隊」は、国内で幅広くビジネスを手がけ、通信分野の市場をほぼ独占、石油化学の3分の1、金融の15~20%のシェアを占めるとされる。
11月のデモでインターネットを遮断、実態を覆い隠したことを考えれば、通信市場の独占は国家戦略とみていいだろう。
国際的孤立はビジネス拡大の好機を失うと考えるのが常識だが、革命防衛隊の思考は逆だ。
国内市場が海外と切り離されれば、国際条約や商慣行を順守して、外国企業と競争する必要もないから、市場支配が容易になるという理屈だ。
通貨暴落や失業率の上昇で窮乏を強いられる庶民にツケを負わす構図で、革命体制の実態を物語る。
巨額の金が入る仕組みはほかにもある。
巡礼だ。
イラン北東部マシャドの聖地には、年間推定2700万人の巡礼者が訪れるといわれ、ハメネイ師が信頼を寄せる聖職者に管理を任せてきた。
巡礼者が莫大な金を落とす’聖地ビジネス’も指導部の集金マシンの可能性が高く、英BBCテレビはハメネイ師の総資産は推計950億ドルに上ると伝える。
揺らぐ対米防波堤
こうして稼いだ巨額の資金が米、イスラエルを仮想敵とするイランの対外安全保障に注がれてきた。
イランから西にイラク、シリア、レバノンと連なる国々で、いわゆる「シーア派の弧」を強化する戦略だ。
西端に位置する小国レバノンは人口の3割がシーア派で、1980年代前半にはシーア派民兵組織「ヒズボラ」が発足した。
イスラエルの打倒を目指すイランの「出先機関」だ。
米国などがイランの軍事攻撃に踏み切れば、周辺国のシーア派民兵組織がイラクやシリアなどに駐留する米兵やイスラエルの核施設に攻撃を仕掛ける。
それが革命体制の生き残り戦略の根幹だ。
実際、ポンベオ米国務長官は19年9月、友好国サウジアラビアの石油施設が無人機などで攻撃された際、イランが関与したと断定したにもかかわらず、軍事攻撃は見送った。
中東で混乱が深まる事態は避けたいとの思惑が窺える。
イラン革命防衛隊のキャナニモガッダム元幹部は19年2月、テヘランで筆者に「ハメネイ師は米の経済制裁下でもイラクやレバノンを支援するよう政府と軍に命じている」と自信ありげに語っていた。
英シンクタンク国際戦略研究所(IISS)によると、イランはヒズボラに年7億ドル、イラクやシリアに160億ドルを送ってシーア派勢力を支援している。
しかし、イラクに続いてレバノンでも19年10月から経済不振を機に反政府デモが続き、イランやヒズボラヘの反感が高まりつつある。
イラン本土で、そして「シーア派の弧」の中核を構成する国々で同時に反政府デモが起き、批判の矛先がイラン指導部に向かう事態となっているのだ。
トランプ氏が再選をかける20年秋の米大統領選を前にイランに譲歩することは想定しがたく、米の対イラン戦略が劇的に変化することはなさそうだ。
制裁は引き続き厳しさを増す見通しで、イラン指導部はいっそう窮地に追い込まれるだろう。
革命体制がどう出るかは予想がつかず、「未体験ゾーン」に入ったといえる。
イランと米の対立は原油輸入量の9割を中東に頼る日本にとっても他人事ではない。
軍事的緊張が再び高まれば石油価格が高騰し、経済への影響も起きうる。
日本の命運をも左右しかねない対立の行方から20年も目が離せない。