明智光秀は本当の戯けだった――信長が中国を制覇していれば、今の中国は存在しなかった
2020年1月22日発信。NHKの歴史番組から得た織田信長と明智光秀に関する洞察を出発点に、本能寺の変の本質、信長の中国進出構想、そして光秀の限界を論じる。さらに坂本での住職との対話を通じて、もし信長が生きて中国を制覇していれば、現在の中国の姿は存在しなかったという筆者の歴史観を展開する。
2020-01-22
数年前にNHKが放映した、歴史ヒストリア、は私に大変なインスピレーションをもたらした。
それは織田信長についての事だった。
何故、信長の重臣だった明智光秀は、突然、本能寺の変を起こし、信長を殺したのか。
本ブログにおいて、私が何度か「私は今を生きる空海である」「私は今を生きる信長である」と言及して来た事は読者が御存知の通り。
遥か昔から、日本が実に無数の偉人たちを生み出してきたのは歴然たる事実である。
私は、二人に代表してもらっていたのである。
信長の凄さは、例えば、比叡山を焼き払おうとしたところにあるとも私は感じていた。
彼の衝撃は、今でも僧侶達の中に残っているほどなのだから。
世界で一番、京都を訪れていた人間だった時分、東山に在る皇室ゆかりのお寺、泉涌寺に行った時の事である。
泉涌寺の入り口左には信長が寄進したお堂が在る。
特別拝観か何かで、その前に座っていた受付の僧侶と話をしていた時の事。
「信長は私たちに取っては反目ですから…」
私は唖然とした。
今なお信長は生きていたからである。
さて、冒頭のNHKの番組の事に戻る。
光秀は、言わば、信長の右腕だった。
その光秀に信長は誰にも話さなかった胸の内を語る。
「わしは中国に攻め入り、中国の王になろうと思う。何故なら、このまま日本にいたのでは家臣の功に報いて提供する領地がなくなる。中国なら、そのような心配はない…」
これを聞いた光秀は、心底、震撼するのである。
何故なら、彼が信長に仕えて来たのは、信長こそが天下を統一して太平をもたらす武将であると確信したからだ。
信長が天下を統一し、天下泰平を達成すれば、自分の一族の安泰も達成される。
戦国の世に完全に終止符が打たれ天下泰平の世が訪れる。
それは即ち明智一族の繁栄でもあり安泰でもある。
光秀は誰よりも信長が偉人である事を知っていた。
つまり彼が有言実行の人間である事を知っていた。
だから光秀は心底、戦慄したのである。
やっと戦の世が終わったのに、殿は、信長は中国に進出して、中国の王になると言いだした。
光秀は、そんな視野は全くない武将だった。
一族の安泰、領地の泰平を考えて、信長の天下統一の為に働いただけの事だったからである。
信長の哲学と視野は、彼の人生の否定でもあったのである。
中国に進出する事は彼には到底理解できなかった。
それは彼の哲学、彼の処世の否定でもあった。
自分を否定する事は自分の死である。
信長は自分を殺そうとしているに等しい、ならば、信長を殺すしかない。
このNHKの解明こそ、真実であろう。
私は一瞬にして目から鱗が落ちた。
去年の秋、紅葉の季節も終わろうとしている頃、石山寺~日吉大社に向かった。
この経路の京阪電車には初めて乗った。
大好きな場所の一つである坂本の町の中腹に着く。
最澄の生まれた場所であるお寺も直ぐ傍である。
中に入って、お坊さんに確認した。
とても感じの良い、流石は最澄ゆかりの寺の住職。
立ち話にも関わらず話が弾んで、約1時間。
日吉大社の紅葉を観に行く時間はなくなった。
だが、本当に充実した時間だった。
最後に、光秀がNHKの大河ドラマになる事を住職が話し出して、彼の話になった。
当然ながら私の論説は彼には初耳だった。
私が、光秀は本当の戯けである、と言ったら、彼は驚いた。
もし、あの時、光秀が信長を殺害していなかったなら、中国は、今の中国ではなかったからである。
信長は100%、中国を制覇していた。
そうするとどうなるか?
今の様な中国人の態様は存在していない。
つまり、底知れぬ悪とまことしやかな嘘の国の態様は無く、
信義を重んじ、名誉の為に生き、人のものは盗まない、
中国人には公共の観念はない。
だが、信長が中国を制覇していたら、中国人も公共の観念を持ったはずである。
最後の頃に、話が、だから光秀は戯けだった、と話したら、
住職は、やっぱりそこに来ますか?
二人で笑ったところで約1時間の立ち話が終わった。