港町の記憶、梅田夕刻の雲とビル|ラフマニノフ交響曲第1番 第3・第4楽章

当然ながら、私は小曾根真がどのような演奏家であるかは知っています。
ですが、彼の演奏を聴くのは今日が初めてでした。
私の隣席のおじさんは明らかに彼のファンのようだった。
会場にも彼のファンは多かったのだと思う。
小曽根が弾き出した時、私は、驚いた。
ジャズピアノそのものだったからである。
キース・ジャレット、チック・コリアがラフマニノフを弾いている趣だな、と思って聴いていた。
それは、それでなかなか良い等と思いながら。
パガニーニの主題による狂詩曲 op.43…この曲の、言わば聞かせ所での演奏は、とても素晴らしかった。
終演後、満場拍手喝采。
私は1階D席の真ん中だったからオーケストラの正面上と横の人たちは全部目に入る。
横の人たちはほとんどがスタンディングオベーションだった。
拍手鳴りやまず、で、彼は、ソリストアンコールとして、自作曲を弾いた。
確か、水平線の彼方に、と言った題だったと思う。
素晴らしかった。
ファンの人たちのブラボーは、絶叫に近かった。
でも、私のお目当ては大フィルのラフマニノフ:交響曲 第1番 ニ短調 op.13だった。
彼らの演奏の素晴らしさ。
ぶらぼー!最高!スプレンディド!私は三連発して称賛した。
昨夜、私は確信した。
大フィルは世界最高峰のオーケストラの一つである。

この素晴らしいオーケストラの団員の年収が、NHKの職員の年収の半分にも満たない、なんて許せない。
そんな怒りも感じながら聴いてもいた今夜だった。
この稿続く。

港町の記憶、梅田夕刻の雲とビル|ラフマニノフ交響曲第1番 第3・第4楽章
2024年に撮影した福山、尾道、広島。
そして、2026年5月30日夕刻に撮影した梅田北ヤードの雲とビル。
本作品は、先日制作したラフマニノフ交響曲第1番 第1・第2楽章による写真集と対になる作品である。
前作では、2026年5月30日夕刻の梅田北ヤードの雲から始まり、2024年の福山、岡山、児島、広島、尾道へと向かった。
今回は、その順番を逆にした。
まず、2024年の福山、尾道、広島の記憶から始める。
そして、最後に、2026年5月30日夕刻の梅田北ヤードの雲とビルへと戻る。
音楽には、ラフマニノフ交響曲第1番 第3楽章と第4楽章を使用した。
第3楽章には、深い抒情がある。
それは、若きラフマニノフの孤独が、最も静かに、最も深く歌われる楽章である。
美しいのに、救われ切らない。
静かなのに、底には暗い情念が沈んでいる。
そこに、福山、尾道、広島の写真を置いた。
福山の歴史の気配。
尾道の坂と港。
広島グランドプリンスホテルから見た瀬戸内海。
それらは、第3楽章の内面の歌、遠い記憶、言葉にならない寂寥と重なった。
第4楽章では、音楽は再び大きく動き出す。
若きラフマニノフが、巨大な力で運命へぶつかっていくような終楽章である。
その終結に、2026年5月30日夕刻の梅田北ヤードを置いた。
台風の影響だったのだろうか。
その日の梅田の空には、自然の見事さが現れた雲の表情があった。
異様なのではない。
美しかったのである。
都市の上空に現れた雲。
夕刻の光。
ビルの輪郭。
そのすべてが、ラフマニノフ第4楽章の劇的なうねりと、強い終結感に響き合った。
前作が、梅田北ヤードから港町へ向かう旅だったとすれば、
本作品は、港町の記憶から梅田夕刻の空へ戻る旅である。
福山。
尾道。
広島。
そして、梅田北ヤード。
ラフマニノフの深い悲歌と、運命へ向かう劇的な終結。
写真が受け止めた光と影。
それらが、一つの作品となった。
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