中国型全体主義の限界を露呈した新型ウイルス危機
2020年2月7日発信。産経新聞に掲載された湯浅博氏の論説を紹介し、新型コロナウイルスへの対応を通じて、中国型全体主義モデルの限界、隠蔽体質、公衆衛生軽視、そして自由主義秩序に代わる統治能力の欠如が露呈したことを論じる。
2020-02-07
中国とロシアは、自由主義秩序を「時代遅れ」と嘲笑したことがある…全体主義政権による新型ウイルスへの対処は、それにとって代わる能力の欠如を露呈した
以下は今日の産経新聞に、試される中国型「全体主義」、と題して掲載された、湯浅博の論説からである。
日本国民のみならず世界中の人達が必読の記事である。
新型コロナウイルスとの闘いは、中国型の全体主義モデルが21世紀の世界に有効か否かが試されることになった。
恐ろしい感染症の汚染源を封じ込め、拡散を制御し、国際社会に結束を求める技と度量が問われている。
「感染症は悪魔であり、われわれは悪魔が隠れるのを許さない」
中国の習近平国家主席が1月28日に北京で世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長に語った決意のくだりには、多くが同意したに違いない。
続いて習氏が、自国を発生源にしてしまった大国の指導者として、国際社会に謝罪したうえで、協力と結束を呼び掛けるものと思われた。
なぜなら、WHO事務局長は世界を代表して出向いたのであって、中国から経済援助を受けるエチオピアの元外相としてではないからだ。
ところが、習氏の言葉はそれを裏切るものだった。
「WHOと国際社会の客観的で公正、冷静、理性的な評価を信じる」と力説して、WHOに緊急事態宣言を出さないよう促すものでしかなかった。
被援助国出身のテドロス氏は、中国政府が「迅速で効果的な措置をとったことに敬服する」などと、援助大国にへつらっていた。
WHOを率いる人物であるのなら、武漢の現場をつぶさに視察すべきだが、習政権のプロパガンダに一役買っただけであった。
新感染症は「独裁の病気」
中国が優先すべきは大国のメンツではなく、パンデミック(爆発的な流行)を抑止するための指導力を発揮することであった。
だが、米国のクレアモント・マッケナ大学のミンシン・ペイ教授は「コロナウイルス事件とは中国型独裁の病気である」と見抜いていた。
習政権にウイルスの早期封じ込めができないのは「一党独裁国家の存続が、秘密、メディアの弾圧、市民的自由の制約にかかっているからだ。
中国共産党の権威を維持する必要から、かえって中国と世界の安全を損なう」と、全体主義の宿痾を指摘した。
新型コロナウイルスに見舞われた湖北省武漢市は、進出企業が立地する人口1100万人の世界へつながる大都市である。
ちょうど春節(旧正月)の旅行シーズンとぶつかり、感染症が世界へと拡散するリスクが中国指導部の頭になかったことの方が信じがたい。
すでにウイルスは、旅行用スーツケースに同伴して3つの大陸へと移動し、見えない脅威を振りまいた。
昨年12月8日に最初の症例が報告されても、共産党特有の「隠蔽習慣」から地元の武漢市保健委員会は、公式通知を握りつぶした。
以来、武漢当局は病状を軽視し、1月11日に最初の死亡報告があっても、人から人への感染がないと言い続けた。
やがて、封じ込め努力の怠慢が、かえって中国共産党のイメージダウンとコスト高につながることに気づくと、当局は1月20日以降にようやくギアを切り替えた。
公衆衛生より産業政策重視
米シンクタンク、大西洋評議会のフレデリック・ケンペ代表によれば、新型ウイルスの感染は、権威主義的リーダーシップとともに40年の記録的な経済成長をもたらした国家資本主義の弾力性が試されているという。
確かに、習近平国家主席の「中華民族の復興」を掲げた旗振りで、遺伝子治療やがん研究など最先端医療の研究に何百億㌦もの資金をつぎ込んできた。
最先端の生物医学は、米国をしのいで支配的地位を目指す産業政策「中国製造2025」に欠かせない分野の一つであるからだ。
ところが、最先端医療には資金をつぎ込んでも、一般市民向けの公衆衛生はお寒いままだ。
今回の新型ウイルスの蔓延も、野生動物を提供する不衛生な市場や農村部の時代遅れの医療事情など、公衆衛生を置き去りにしてきたツケである。
まして、元凶とみられる海鮮市場から30㌔ほど離れた中国科学院の最新施設「武漢国家生物安全実験室」から漏れたウイルスが感染源であるとする“ウイルス逃亡説”まで浮上する始末だ。
中国の豚の半数近くが処分されたアフリカ豚熱(ASF)の場当たり的な対応でも、政府の機能不全が浮き彫りになったばかりだ。
その償いとして投入されたのが、武漢の広大な敷地でうなりを上げる無数の大型重機とプレハブ建材であった。
市内の医療機関がパンク状態であるため、新型ウイルスの患者用にわずか10日間で病院を完成させる泥縄式だ。
人々の不満を吸収し、共産党体制の力を誇示しなければならなかった。
強国独裁の能力欠如露呈
中国指導部の最大の懸念は、新型ウイルスの拡散によって深手を負いつつある経済の不振だ。
経済が失速すれば、共産党体制の正当性が失われかねない。
米紙の社説は、新型ウイルスの感染が拡大すれば、中国の景気後退もありうるとさえ予測する。
累積債務に悩む中国は6.0%成長から回復できなければ、習氏のいう所得倍増計画はとても実現できない。
2019年と2020年が6.2%成長なら、2020年までの10年で所得を2倍にするという所得倍増は実現するはずだった。
だが、2019年の成長率は製造業、サービス業、家計消費まで減速して、6.1%にとどまった。
2020年も新型ウイルスの追い打ちで、消費の落ち込みは避けられない。
エコノミストは消費が10%減なら今年1~3月期の実質GDP(国内総生産)の成長率は4%台にまで落ち込むと見通している。
しかも、米中貿易摩擦で始まったサプライチェーンの分断が、さらに加速される可能性が高まるだろう。
疑似同盟を形づくる中国とロシアは、自由主義秩序を「時代遅れ」と嘲笑したことがある。
凋落する民主主義に代わって、強国独裁の統治モデルが圧倒するとの宣言だ。
しかし、全体主義政権による新型ウイルスへの対処は、それにとって代わる能力の欠如を露呈した。