歴史が動き出す時――長居植物園とショスタコーヴィチ:交響曲第11番《1905年》第2楽章

2023年6月の長居植物園で撮影した写真によって構成した作品です。
音楽は、ショスタコーヴィチ:交響曲第11番《1905年》第2楽章。
演奏は、第1楽章と同じく、ベルナルト・ハイティンク指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団です。
私は長いあいだ、ショスタコーヴィチやプロコフィエフを、ソビエト=共産主義国家の作曲家として、敬して遠ざけてきました。
偉大な作曲家であることは分かっていても、その背後にある国家体制、政治、粛清、恐怖、そして20世紀の共産主義の影を思うと、どうしても自分から深く入っていく気持ちになれなかったのです。
しかし、音楽は時として、人間の先入観を一瞬で打ち破ります。
今年3月、NHK交響楽団が沖澤のどかの指揮による演奏会をYouTubeに公開してくれました。
ほどなくしてそれを発見した私は、その第一音を聴いただけで、沖澤のどかの天才と、プロコフィエフの天才を認識しました。
私は長いあいだ、ショスタコーヴィチやプロコフィエフを、ソビエト=共産主義国家の作曲家として、敬して遠ざけてきました。
しかし、その第一音は、そうした私の長年の距離を一瞬で超えてきたのです。
沖澤のどかは今年、京都市交響楽団で「プロコフィエフの陣」と題する三回の演奏会を開催します。
私は11月28日の最後の演奏会に、なんとか間に合いました。
しかも最後のチャンスだったにもかかわらず、私にとって悪くないどころか、むしろ楽しみな席を確保することができました。
今、私が一番聴きたい交響曲は、彼女が指揮するプロコフィエフであると言っても過言ではありません。
第2楽章では、その沈黙が破られます。
歴史が動き出す。
人間の群れが押し寄せる。
希望と怒りと恐怖が交錯し、やがて暴力の時間が始まる。
ショスタコーヴィチは、1905年のロシア「血の日曜日」を描きながら、単なる歴史画を書いたのではありません。
そこには、スターリン時代を生き抜いた人間だけが知る、国家権力の恐怖、群衆の悲劇、そして声を奪われた人々の記憶が刻まれています。
使用した演奏は、ベルナルト・ハイティンク指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。
ハイティンクの演奏には、過剰な煽りではなく、巨大な歴史を冷静に見据える深さがあります。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の響きは、この音楽の底にある悲劇と威厳を、重く、深く、そして透徹した形で浮かび上がらせています。
私はいま、長く遠ざけてきたショスタコーヴィチの音楽に、あらためて向き合い始めています。
それはソビエトの音楽としてではなく、20世紀を生きた人間の証言としてです。
この作品は、6月20日の大阪フィル定期演奏会に向けた、私自身の予習として制作したものです。

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