中国に民主主義国の「世論」は存在しない――対日好感論の背後にある中国共産党の政策転換

2020年2月21日発信。
産経新聞「正論」に掲載された東京国際大学教授・村井友秀氏の論文を引用し、中国で近年「日本は良い国だ」という声が増えた背景を論じる。
中国には民主主義国にあるような独立した世論は存在せず、マスメディアとネットは中国共産党の統制下にあるため、中国人の対日感情の変化は中国共産党の対日政策の変化を意味すると指摘する。

2020-02-21
現在の中国に民主主義国にある「世論」はない…したがって、中国の世論が日本に好意的になったということは、中国共産党の対日政策が変わったということである
以下は今日の産経新聞「正論」に、日本は中国の友か贖罪の山羊か、と題して掲載された東京国際大学教授村井友秀の論文からである。
中国から最近は「日本は良い国だ」という声が盛んに聞こえてくるようになった。
5年前の世論調査(言論NPO)では、8割の中国人が日本は嫌いだと答えていた。
何が変わったのか。
現在の中国に民主主義国にある「世論」はない。
中国のマスメディアは共産党の統制下にあり、ネットもコントロールされている。
したがって、中国の世論が日本に好意的になったということは、中国共産党の対日政策が変わったということである。
毛沢東の敵は日本より国民党
中国共産党の対日政策は時期によって変化した。
国民党を打倒して政権を取った毛沢東時代(1950年代から70年代)は、共産党の第一の敵は国民党であった。
共産党は労働者や農民の代表であり、腐敗した地主や資本家と戦う階級闘争が強調された。
また、米国の強い圧力を感じていた当時の中国共産党にとって、日本は米国よりましな敵であった。
国民教育においても国共内戦が主体で抗日戦争は二の次であった。
日本に対する勝利を記念して建てられた「抗日戦争勝利記功碑」は革命の勝利を祝う「人民解放記念碑」に書き換えられた。
毛沢東時代末期になると、共産党の対日政策は変化した。
この時期の最重要政策は台湾統一であったが、共産党は台湾政策の重点を武力統一から平和統一へ移し、第三次国共合作を模索するようになった。
共産党は国民党との協力を推進するために共通の敵を作ろうとした。
共産党は日本を共通の敵として抗日戦争研究を重視するようになり北京と南京に「中国人民抗日戦争記念館」が建てられた。
また日中戦争に関して「国民党の大敗北」が強調されていた歴史教科書の記述を改め「日本侵略軍の暴行」を強調するようになった。
但し、この時期には共産主義の正統性をめぐってソ連との対立が深刻化し「ソ連覇権主義」が中国の大きな脅威になってきた。
そこで中国は日本を反ソ勢力に取り込もうと図り、対日批判を抑えるようになった。
また、80年代に経済の資本主義化が進むと日本の経済援助への期待が大きくなり、その結果として対日批判が抑制され、9月18日(満州事変)や7月7日(日中戦争)に記念行事が行われなくなった。
この稿続く。

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