大阪・関西万博2025――十数回の訪問から選び抜いた134枚と、失われた大屋根リング
2025年、大阪・関西万博。
私は、この万博を十数回訪れた。
この作品は、ある一晩の万博を撮影したものではない。
十数回にわたって会場を訪れ、そのたびに撮影した膨大な写真の中から、ほんの一部を選び抜いて構成した写真作品である。
昼から夕暮れへ。
そして、光に包まれた夜へ。
会場は時間とともに表情を変え、その一瞬一瞬に、二度と同じものを見ることのできない美しさがあった。
そして、そのすべての中心に存在していたのが、藤本壮介氏が設計した大屋根リングだった。
私は、この大屋根リングは、人類史上最高の建築物と言っても過言ではないと思っている。
実に素晴らしい建築物だった。
私はこれまで何度も、この大屋根リングは万博終了後も残し、国宝として後世に伝えるべきであると書いてきた。
この欄の読者なら、すでに御存知の通りである。
大阪・関西万博が大成功を収めた大きな要因の一つが、この大屋根リングだったことには疑いの余地がない。
世界中から集まった人々を包み込み、歩かせ、立ち止まらせ、空と海と会場を一つにつないだ。
それは単なる建築物ではなかった。
万博そのものを象徴する巨大な舞台であり、人々の記憶に残る圧倒的な存在だった。
木という、人類が太古から使い続けてきた素材によって、これほど巨大で、これほど美しく、これほど未来的な空間を生み出した。
そこには、日本の建築文化の歴史と技術、そして現代の創造力が見事に結晶していた。
私は、この建築物を一時的な万博施設として消してしまうべきではないと何度も提言した。
未来の日本人、そして世界中の人々が見ることのできる文化遺産として残すべきであると。
私の提言が実現していたらなら、今日、9月の長雨の合間に広がった快晴の日、信じがたい程に多くの大阪市民が地下鉄夢洲駅に降り立って、大屋根リングに上っていたはずである。
更に、内部の跡地を国立植物園にしていたならなば、大阪は、世界有数の大都会から、世界一の街になっていたと言っても過言ではない。
この写真作品に収めたのは、十数回訪れた大阪・関西万博で撮影した膨大な写真の中から選び抜いた、ほんの僅かな一部に過ぎない。
それでも、そこにあった光、色彩、人々の姿、そして今は失われた大屋根リングの圧倒的な存在感を、少しでも伝えることができればと思う。
2025年の大阪・関西万博。
私が十数回にわたって歩き、見つめ、撮影したその時間の中から選び抜いた134枚である。