日本の「失われた30年」は、ここから始まっていた――リクルート事件が生んだ政治空白と江副浩正の証言

2010-10-13
前週の週刊朝日は、戦後の金字塔であるとお伝えしたなかで、アップしていなかった、江副さんのインタビュー記事です。
多くの政治家や官僚にリクルートコスモス社の未公開株がバラまかれ、「濡れ手で粟」の利益を与えたとされるリクルート事件。
この政官財を巻き込む大スキャンダルの主人公として、東京地検特捜部に逮捕され、有罪判決を受けたリクルート創業者・江副浩正氏が、特捜部の取り調べの実態を生々しく証言した。

大阪地検特捜部の主任検事が証拠の改ざんをしていたというニュースに、私は驚きを感じませんでした。
むしろ、十分にあり得る話だと思います。
私も今から21年前、関連会社リクルートコスモス社の未公開株をNTT幹部や複数の政治家に譲渡したことが賄賂にあたるとされ、贈賄などの疑いで東京地検特捜部に逮捕されました。
それまでの人生で、自分が被疑者になるとは考えたこともありませんでした。
しかし、実際に被疑者となり、取り調べを受けて実感したのは、特捜部は昔の軍隊か憲兵のようなピラミッド型の組織であるということでした。
取り調べで、私の担当だった検事らは、譲渡した未公開株は賄賂だったのではないか、ということを繰り返し、ただし、それに沿った調書を取ろうとしていました。
しかし、リクルートは当時、主要には就職や住宅に関連する情報誌出版事業をしていて、役所から許認可を受けなければならない事業は行っておらず、政治家や役人に働きかける必要はなかったのです。
文部省の審議会委員になるためだったのだろう、とも言われましたが、当時、私は社業で多忙を極めていて、審議会の委員になりたくありませんでした。
実際に、文部省の担当者に一度お断りしています。
その後も「欠席してもいいから引き受けてもらえないか」と頼まれたもので、検事もそのことを承知しているのに、私は無理に取られた調書を有罪にする根拠とされました。
…ではなぜあのように多くの政治家に未公開株を渡したり、献金をしたりしたのか…
株については、日頃から友人関係にある力のある政治家を応援するつもりで売買したものが、差し上げたもの、とされました。
献金についても、選挙や議員立法など、良い仕事をしようと思うと政治にはお金がかかるので、良い政治家を応援するために自分は良いことをしているのだ、と信じていました。
しかし、一般人の感覚からすると、「見返りを期待しない政治献金はない」と受け取られる。
そのことに気がついたのは、裁判が始まってからでした。
取り調べ検事も、私が、「賄賂のつもりはありませんでした」といくら容疑を否認しても、初めに結論ありきでした。
「お前は有利な取り計らいを受けようと思っていたはずだ!ウソをつくな!」 と怒鳴り、黙秘すると、たびたび「壁に向かって立て」と命じられました。
「もっと壁に寄れ!目をつぶるな、バカヤロー!馬鹿にしてんのか!オレを馬鹿にすることは国民を馬鹿にすることだ!」
「オレに向かって土下座しろ!」と土下座を強要されたこともありました。
113日間、独居房に入れられ、連日厳しい取り調べを受けていたため、保釈直後は寝汗をかいたり、突然震えがとまらなくなったりすることもありました。
…政治家の逮捕がレゾンデートル…
取り調べ検事はよくこんなことを話していました。
「調書が作成できないので、ヘッドクォーターからしかられているんだ。
ヘッドクォーターは、鬼の吉永(祐介・東京地検検事正)と検事の間では呼ばれていて、とても怖い人なんだよ」 「主任検事も言っておられたが、君はこの調書に署名すれば早期保釈されるんだ。
ここは主任検事に敬意を表して調書作成に協力してもらいたい」
そういったやりとりの末、私は長期勾留の苦しみから逃れたい思いで、意に反して、検察の筋書き通りの調書に署名してしまったのです。
この経験で学んだのは、検事というのは真実を明らかにするというよりも、上司から命じられた検察の筋書きにあった調書を忠実に取る役割を持つ人であるということでした。
そして、現場の検事はそのために非常に苦労していました。
今回の村木厚子厚生労働省局長の事件での証拠の改ざんも、検事個人の問題というよりも、改ざんせざるを得ないところまで追い込む特捜の上意下達のシステムに原因があると感じます。
さらに、一般の役人もそうですが、それ以上に検事は上昇志向が強い人たちの集団だと感じました。
村木さんは無罪が確定しましたが、この事件では、民主党の石井一参院議員の名前が報道によって取りざたされました。
村木さんは石井議員を有罪にするための足がかりに過ぎなかったとも報道されましたが、リクルート事件でも、未公開株の譲受人が、秘書を含めビッグネームの政治家であったことが特捜部の立件への思いを強くしたのだと思います。
私の著書『リクルート事件・江副浩正の真実』(中央公論新社)にも書きましたが、実際に、取り調べ検事から、「これだけマスコミに書かれると政治家を立件しないわけにはいかなくなった。
自民党2名、野党1名あげたい」と言われたこともあります。
私が、「野党とか与党とか関係あるんですか?」と尋ねると、「“中立的”という世間の印象も大事なんでね」と話していました。
特捜には不思議なバランス感覚があると、思ったものです。
特捜は大物政治家を有罪にすることによって社会正義を果たすことが自分たちのレソンデートルを高めると信じ込んでいると思います。
田中角栄元首相が逮捕されたロッキード事件も同じ構図だったのでしょう。
確かに、リクルート事件がきっかけとなって、企業献金に関する制約は非常に厳しくなりました。
しかし、その一方で、中曽根康弘先生や安倍晋太郎先生、宮沢喜一先生など力のある政治家が要職を追われ、政治空白が生まれました。
消費税(間接税)の導入に影響を与えたことも事実です。
…僕が弁護側なら「無罪」にできた…
裁判が終了した1年後の04年、娘と観に行ったオペラの会場で、すでに検察庁を退官され、弁護士になられていた主任検事と偶然会ったことがあります。
「やあ、江副さん」と笑顔で声をかけられたときは驚きました。
事件のことを聞くと、主任検事は、「あの事件は大変でしたよ。
でも、途中で捜査をとめるわけにはいかなかった。
公判が始まってからも、どうやって贈賄罪を立証するか検討し続けていました。
僕が弁護側だったら、もしかしたらですけどね、無罪にできたかもしれないと思うほど苦労しましたよ」と非常にフランクに話してもらい、うれしく感じました。
主任検事は個人としてはとても人柄の良い人でした。
吉永検事正から立件への厳しい指示を受けていた主任検事は、さぞ大変だったろう、と思いましたね。
私は著書のなかで、特捜部の捜査や取り調べについて自分自身の体験を書き綴りました。
読んだ方からは「描写があまりに生々しくて記憶力の良さに驚いた」という言葉をいただきましたが、私は取り調べを受けた後、房に戻ってから房内ノートにどのような取り調べを受けたのかということを詳細に書き留めていました。
保釈後、弁護士が私の記憶を喚起して、房内ノートに記されていることとあわせて、私か取り調べで体験したことを公証人役場で公正証書にしていたことが大きいと思っています。
それは公判のためでしたが、昨年、裁判員制度が導入されましたので、参考にしていただければと思い、著書にまとめました。
親しい友人のなかには「どんなふうに書いても、自己弁護、名誉回復のために書いたと思われる。
おとなしくしていたほうがいい」という人もいましたが、それでも出版に踏み切ったのは、密室での取り調べがどのようにして行われているのか、事実を多くの人に知ってもらいたかったからです。
そして、最終的な目的は裁判での捜査の全面可視化が公正な裁判に繋がると考えたからです。
現在の司法制度のゆがみは、密室での検事の取り調べによって作成された、有罪に持ち込むための都合のいい要素で構成された検察官調書が重視されているところにあります。
全面可視化が実現しなければ、裁判員裁判になっても公正な裁判にはならないと思っています。

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