人が事の次第を知るには時間がかかる――人間の愚かさと、フクシマ・報道を貫く問題
2024/03/20
人が事の次第を知るのには、時間がかかる。
それは、どんな次第でも同じ事。
辺見庸が、共同通信記者だった頃に、北京で釈放されたというか、開放されたと言うか、「伊藤律」との合同記者会見に、立ち合った時もそうだろう。
或いは、私は、今、生活環境がガラリと変わっているのだが、今回は、事の次第について、完全に理解するのに、5日掛った。
何故か?
生活環境の変化を理解するのには、肉体の理解も必要だからである。
新入社員が事の次第を理解するには、何日掛るだろう。
男と女の場合は、付き合ってから数年して、或いは、結婚して数年してから、事の次第に、気が付いて、別れたり、離婚したり。
昨夜、FC2に於いて、極めて悪意のある男が、数日前に「下品」の極みのコメントを寄こしして居た事に気が付いたが、世の中には、性悪説というしかない様な「下品」=悪が、2割は居る、と言う事の次第に気がつくのにも、時間が掛る。
大変な時間が掛って気がつく事が、この世の、私たち人間の常態なのだろう。
その事を、今、正に、まざまざと、この日々に、証明してくれているのが、現政権、その代表の菅や、その取り巻きたち、及び、朝日新聞の論説委員の中の重鎮等と呼ばれている或る者達なのだろう。
つまり、人間は、そう賢くない動物なのだ、と言う事に、心して、生きなければならない。
この愚かさが、世の中を主導しようとするのが、実は、人間の歴史の大半だったのだ。
フクシマに至った有り様と、今のマスコミの有り様、という、事の次第には、何ら変わりが無いことに、気づくべし。