人は真実を言い当てる人を尊敬する――京都に息づく日本の品位と、「韓国に学べ」と説く者への問い
人は真実を言い当てる人を尊敬することはあっても、何にも分かっていない人間を尊敬する者など居ないからだ。
2012/3/24
私が数年前から京都行を繰り返していた事は既述の通り。
結果として、普通の日本人達よりは、頗る多くの様々な階層の韓国人や中国人と遭遇して来た訳でもある。
京都各地の神社仏閣等の名所・旧跡を訪ね歩いている彼らの心の中に、芽生えている感情とは何か…
日本に対する尊敬なのである。
京都の名所・旧跡を貫いているものは、言わば、日本人のdecencyであり日本人のinnocenceなのである。
それにもう一つ、極めて現実的にして具体的な事で言えば、何処の場所でも、見事な程に、どんなに寒い日であれ、何であれ、綺麗なトイレには誰もが感嘆していたはずである。
これもまた心に残る、言葉に成らない尊敬に繋がるものでもあろう。
彼等は当然のことながら、自分達の国の事は誰よりも知っている。
私が言及して来た…韓国のいびつさ、生き難さ、問題の多さ。
五大閥が蹂躙している国のいびつさは誰よりも知っているはずだ。
そんな彼らに、〈韓国に学べ〉、〈韓国に学ぼう〉等と、真顔で言う日本人は、どう映るだろうか。
或いは、今朝の読売テレビの様な番組と、その報道の仕方を観て、彼等は、そういう日本人を尊敬するだろうか。
私は、その逆だと思う。
これらの日本人は、本当は韓国の事なんか真剣に理解しようとか、分かろうなんて思っていないのだ、としかならないだろう。
人は真実を言い当てる人を尊敬することはあっても、何にも分かっていない人間を尊敬する者など居ないからだ。