電通で「神様」と呼ばれたTさんと私――全日空をANAに変えた人との「聖は聖を知る」出会い
2012/3/25…25年超前、TBSが日曜日の朝に時事放談を放映していた頃の話である。として、
25年超前、TBSが日曜日の朝に時事放談を放映していた頃の話である。として、或る章を書いた訳だが、
昨日、所用で弊社専務と話をして居た時に、この時に、TBSのディレクターに私を紹介したのは、以下の方々の誰かだったのだな、と、突然思ったのである。
その3人のうち、一番可能性の高い方から書く事にする。
電通で「神様」と呼ばれていたTさん。
Tさんは言ってみれば芥川と同じ東北生まれの人だった。
新潟高校を出て、当時はバリバリに動いていたと云う横浜港の氷川丸で、あの有名な戦後の米国留学金制度の対象者として渡米しシカゴ大学を卒業。
米国・広告業界に於いても重要な賞を獲得して気鋭の活躍を続けていた。
これからはCI(コーポレート・アイデンティティ)が大事であると気付いていた電通は、三つ指ついて、彼を招致したのである。
読者の方の誰もが分かる事例で言えば、
彼は、全日空と書かれた、レオナルド・ダビンチに由来していたと云うスパイラルマーク(ヘリコプターの様なもの)だったものを、ANAに変えた人である。
この時に、日本中の全日空のカウンターを御忍びで廻ったりしたエピソードは、
彼の、見事に簡潔にして多くの示唆に富んだ著作に余す所なく書いて有ります。
どうぞ御購読ください。
この後に新生成った全日空が、ANAとして、全社一丸と成った大躍進を始め、終に、断トツの巨人だった日本航空JALを抜いた事は御存知の方も多かろうと思う。
昨日、久し振りに、彼の事を思い出したら、今朝、彼との或る時のエピソードが浮かんで来た。
彼に会う為に上京し、確か、渋谷で、
彼に同行していた数名の電通の若きエリート達共々、美味しい昼食を摂りながら、その日の用件を話し終え、彼が、次の用件の為に去った後の事だった。
この数名の若きエリートたちが「キサラさん、もう少し、時間を取って頂いても良いですか」と、問うて来た。
「良いよ。今日はTさんと会うのがメインの用件だったから」
「驚きました。Tさんと、あんな風に話しの出来る人が日本にいたなんて信じられなかった。私らにとってTさんは、言ってみれば神の様な存在で、キサラさんの様に話ができるなんて考える事も出来ない」
Tさんとの出会いも、法隆寺の聖徳太子ではないが、「聖は聖を知る」出会いだったのです。