日本の特別な歴史と皇室――悠久の時を紡いできた「奇跡」
2019/10/29
以下は10/22の産経新聞に、国民の幸せ祈る世界史の奇跡と題した特集に、悲惨な過去超越した大御心、と題して掲載されたケント・ギルバート氏の論文からである。
私のような外国人にとって、天皇はとても分かりにくい存在です。
その理由は、天皇というのが世界の中で極めて特殊であり、昔も今も日本にしかない唯一無二の存在だからです。むろんローマ教皇とも、欧州の王室とも違います。
歴代中華王朝の皇帝や、世襲の独裁者とも違います。
比較対象として、他に類推する存在がないのです。
天皇について、なかなか理解できない米国人ですが、過去に一度、天皇の大御心に直接触れる機会がありました。
昭和50年9月、昭和天皇と香淳皇后両陛下が戦後初めて米国を公式訪問なされました。
当時、天皇に対する米国民の感情は、決して良好とは言えませんでした。
戦後30年たっても米国民はパールハーバーを忘れてはおらず、天皇の戦争責任を問う声は今よりもはるかに大きなものでした。
そんな厳しい世論の中、昭和天皇はホワイトハウスでのフォード大統領夫妻が主催した歓迎晩餐会で、次のようなお言葉を述べられたのです。
「私は多年、貴国訪問を念願にしておりましたが、もしそのことが叶えられた時には、次のことを是非貴国民にお伝えしたいと思っておりました。と申しますのは、あの不幸な戦争の直後、貴国が、我が国の再建のために、温かい好意と援助の手をさし延べられたことに対し、貴国民に直接感謝の言葉を申し述べることでありました。時代は移り変わろうとも、この貴国民の寛容と善意とは、日本国民の間に、永く語り継がれていくものと信じます」(高橋紘 『昭和天皇発言録』小学館)
陛下のお言葉に対して、会場からは大きな拍手が巻き起こり、晩餐会は予定の時間を大幅にオーバーして深夜にまで及びました。
かつての敵国の元首が初の訪米で何を語るのか。
注目の中で述べられたのは、意外にも、米国民への感謝の言葉だったのです。
ちなみに、お言葉にある「我が国の再建のため」の「温かい好意と援助」というのは、米国が占領期間中に日本に供与した対日経済援助のことを指します。
占領期の約6年間で日本が米国から受けた経済援助の総額は、約18億㌦(約6480億円)に上り、この援助がなければ日本の復興は考えられなかったと言われています。
その恩をいつまでも忘れることなく、感謝の意を述べられた天皇に米国民はいたく感動し、それ以降、天皇の訪米に否定的だったマスコミ報道も好意的に変わったといいます。
当時のニューヨーク・タイムズ紙は、社説の中で「30年前の仇敵、勝者と敗者はきょう、政治、経済上のパートナーとなった」と評しました。
戦争という悲惨な過去をも超越し、天皇の大御心に米国が包まれたことを象徴する報道でした。
2千年以上も万世一系の血を受け継ぎ、世俗の権力から一定の距離を置きつつ、ひたすら国民の安寧を祈り続ける天皇。
なぜこのような体制が生まれ、脈々と続いてきたのか、はっきり言って謎です。
戦後のGHQ占領期以外には、他国の支配を受けた歴史を持たない、日本という特殊な国だからこそ紡がれた「奇跡」としか言いようがありません。