習近平独裁と監視社会――阿古智子・譚璐美・楊逸・劉燕子が語る中国と日本への影響【前編】
2022-11-30
以下は、1/26に発売された月刊誌WiLLに、**呪い殺したい 習近平独裁!**と題して掲載された、阿古智子 東京大学教授、 譚璐美 作家、 楊 逸 作家、 劉燕子 中国文学者の4人による対談特集からである。
何度も言及するようにWiLLとHanadaは、本物の論文が満載されていながら980円!なのである。
今、世界最高の月刊誌であると言っても全く過言ではない。
本稿は日本国民のみならず世界中の人達が必読。
老若男女、わけても若い人たち全員が必読である。
今、中国で起きている現象を既にして予感させていた箇所もある。
見出し以外の文中強調は私。
王朝時代の幕は下りても血なまぐさい権力闘争は永遠につづくー
習近平独裁と隠された不安
阿古
共産党大会が終わり、習近平は異例の三期目に突入。
大方の予想に反し、最高指導部は習近平のイエスマンで固められ、世界で最も巨大な独裁国家が誕生しました。
習近平は文化大革命のときに下放させられるなど、典型的な「いじめられっ子」です。
だから「自分がいじめられないために、いじめる側に回らなきゃいけない」という不安に襲われ、デジタル監視による独裁体制を築いてしまった。
今回の人事は”内ゲバ”を恐れた習近平の不安の裏返しともとることもできます。
みなさんの目にはどう映りましたか。
譚
習近平の不安そうな顔が印象的でしたね。
党大会直前には、各地でゼロコロナ政策に対する異論や反発が噴出、そのなかに「独裁政権反対」のプラカードを掲げる人もいました。
習近平は数年前から、省庁クラスの幹部たちを「汚職摘発」「コロナ対策の失敗」という名のもとに失脚させ、自分の派閥に入れかえてきましたが、今回の人事を見る限り、彼の不安は尽きることがないようにみえます。
とくに胡錦涛が退場させられたときは、「頼むから暴れないでくれ」と薄氷を踏むような顔をしていました。
阿古
党大会など公式行事での途中退席は異例中の異例です。
習近平にとって党大会は世界中が注目する晴れ舞台、あのようなことが起きれば”メンツ”が丸潰れになってしまう。
胡錦涛は、自身の後継者として指名した習近平が、今日の独裁政権を築き上げたことに思うところがあったのでしょう。
楊
つまり胡錦涛は事実上”粛清”されたわけですか。
中国の権力闘争は、世界中の人が思うほど甘くありませんね。
私は心から、この罪深い悪魔的な政権の崩壊を願っていますが、習近平が終身皇帝になってホッとしている面もあります。
阿古
えっ、なぜですか。
楊
中国共産党が終わりの始まりをむかえるからです。
習近平は無謀なゼロコロナ政策や経済政策によって中国の崩壊を加速させているとして中国国内では「加速師」と揶揄されている。
もし改革派の国家主席が誕生したら共産党政権が存続してしまいます。
阿古
逆説的ですね。
共産党幹部を養成する中央党校の元教授の蔡霞氏も、米外交専門誌「フォーリンアフェアーズ」のなかで、「中国が習路線を変える唯一の方法は、戦争で敗北することだ」と主張していました。
台湾を攻撃すれば、台湾は米国の力を借りて抵抗し、中国に大損害を与えることになる。
そうなれば、習近平自身が倒れるだけでなく、共産党までもが倒れるかもしれない。
蔡氏はそのように見ています。
中国人の自分を憎みたくなる
阿古
最近はゼロコロナ政策によるデジタル監視が強化され、中国の人権状況は急速に悪化しています。
しかし、ゼロコロナ政策が始まる前から、ウイグル、チベット、南モンゴル、香港、台湾……習近平は人権弾圧を繰り返してきました。
劉
私は数年前、ダライ・ラマ法王とお会いする機会があったのですが、じつは法王は習近平に期待していたんです。
法王は1954年、北京で習近平の父・習仲勲と会談、そのときに習仲勲は「法王、いい時計をつけていますね」と法王の時計に興味津々でした。
田舎者の習仲勲は外国の時計に目がないんですよ。
法王はその時計を贈り、以来、習仲勲は愛用していたといいます。
そんな”恩”があるからこそ、法王は習仲勲の息子である習近平がチベットに理解があると期待していました。
しかし、これほどまでの独裁政権になってしまうとは……。
習近平の3期目が決まった後、スペインに亡命しているチベット人と話す機会がありましたが、彼は泣いていましたね。
習近平が″終身皇帝”でいる限り、チベット人は永遠に故郷に帰ることができない。
なかには故郷に帰れず、他国で命を落とすチベット人もいる。
習近平と同じ漢民族である私は返す言葉がありませんでした。
譚
故郷に帰れない中国共産党の被害者たちは、天安門事件を起こした知識人や学生も同じです。
私は天安門事件で海外へ亡命した人たちを直後に取材して『柴玲の見た夢』と、その後を追跡調査した『「天安門」十年の夢』という本を書きましたが、亡命した学生のなかには欧米の大学で勉強しなおして弁護士資格を取得し、「僕は天安門事件で犠牲になった学生たちの遺族に送金して、一生彼らの生活を支える」と言う人がいました。
その一方では、亡命者同士で議論が白熱して、内ゲバのような状態に陥った人たちもいます。
劉
天安門事件で亡命した知識人や学生は道義的に破綻し、合法性をうしなったため、「どうせ共産党政権はすぐに滅ぶだろう」と楽観視していました。
あれだけの武力弾圧をして、世界中から非難が集まったわけですから当然です。
しかし残念ながら、今日にいたるまで帰国することができていません。
20世紀になり、王朝の時代は幕が降りましたが、中国共産党の数千年の権謀術数、手練手管、血なまぐさい内部抗争、粛清、秘密主義は継承されています。
中国という国は、永久的に闘争が絶えない国なんですよ。
最近、在日中国人の方と食事をしましたが、彼女は「中国人の血が流れるこの片腕を切り落としたい」と中国人としての自分を嘆いていました。
これほど横暴で罪深く腐敗した共産党政権を見ていると、自分を中国人として憎みたくなり、アイデンティティを否定する者も増えています。
譚
私は日本生まれの日本育ちで、もともと海外在住者なのですが、いま、中国に住みたくないと思う中国人が増えているようです。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計(2022年6月16日発表)によれば、2021年に難民申請した中国人は12万人近くにのぼり、前年比で10%増加しました。
とくに習近平体制に入った2012年以降激増し、この8年間だけで合計610,3000人に達しています。
ここ3年間は中国政府がゼロコロナ政策を実施し、厳しい出国制限が課せられているにもかかわらず、ビジネス用ビザや観光ビザなどを取得して海外へ渡航した後、そのまま所在国で政治避難を求めたことが記録されています。
「人間が住む街じゃない」
劉
私は4年ほど中国に帰っていませんが、独裁に異議を申し立てている私や楊さんも2度と帰れないかもしれません。
楊
私は帰る気はありませんけど。
でも、怖くて帰れないですね。
劉
私の出身は毛沢東と同じ湖南省、とても保守的な地域です。
家族が湖南省にいるので、とても心配で……。
楊さんは、最後に帰ったのはいつですか。
楊
2019年です。
11年ぶりに北京を訪れたのですが、そこで見たのは、街路の柱という柱にまるでガン細胞のように付着している無数の監視カメラ。
さらにどの道も鉄柵で何重にも区切られ、街角には警察車両が止まり、特殊部隊、公安、武装警察など、さまざまな警官が市民を見張っている光景でした。
ホテルのスタッフに「海外の要人でも来るんですか?」と聞くと、「ずっとこんな感じですよ」と。
私が東京から帰ってきたことを明かすと、「もう戻ってこないほうがいい、ここは人間が住むような街じゃない」と言われました。
劉
なんと恐ろしい。
私は2009年、劉暁波がノーベル平和賞を受賞する前年、彼の論稿を中心に編集した『天安門事件から「08憲章」へ』を出版したことから、中国大使館から「メディアで声をあげるな」と人づてで警告されたことがあります。
その後も「騒ぎ立てないほうがいい。
彼らは怒っている」などの異様な電話があり、嫌がらせや無言電話がつづきました。
楊
私も『わが敵『習近平』を上梓した後、無言電話がつづいたり、中国にいる親戚に連絡が取れなくなったりしましたね。
その後、「関係者」になりそうな連絡先を削除し、家族や友人を「連絡がつかない状態」にしました。
悲しかったですね。
阿古
私が支援している中国の人権派弁護士たちも、同じように家族が脅迫されています。
中国共産党からの圧力に苦しむ人たちは、ほかにも山のようにいる。
日本も監視下に置かれる
劉
ナチスドイツの全体主義は12年、ソビエトの共産主義政権は70年で終わりましたけど、中国の場合は共産党の体質が変わらない限り、永久的に犠牲者が増えつづけてしまいます。
恐ろしいのは、中国の監視の魔の手が世界中に伸びていることです。
いま、私たちは日本の安全な場所で議論していますけど、いつまでも日本が安全だとは限りません。
最近では中国監視カメラ大手の「ダーファ・テクノロジー」が日本に初上陸しましたが、安価という理由で警察や民間のセキュリティ会社がそのカメラを使えば、私たちの顔情報や位置情報は中国側にダダ漏れ。
日本も中国の監視下に置かれてしまうわけです。
楊
それだけではありません。
国際的な人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ」によると、中国はオランダに非公式な「警察組織」を設置しているとのこと。
スペイン、カナダ、スウェーデン…こうした「警察組織」は世界中に広がっています。
譚
その「警察組織」というか、水面下で政治活動をする「公安機関」は日本にもあります……。
あまりニユースにはなっていませんが、中国政府は「キツネ狩り」などと称して、反体制派の中国人やチベット、モンゴル出身者を脅迫・誘拐したり、言葉巧みに誘って「犯罪人引き渡し条約」のある第三国へ連れ出して監禁し、本国に連行するケースが多発している。
前述の人権団体は、過去2年間で強制的に帰国させられた人は約2500人にのぼり、2014年からの8年間では10000人にのぼっていると報告しています。
また、2016~2019年の問に海外で逮捕された台湾人600人以上が、台湾ではなく中国に強制送還されたとも報告しています。
とくにアフリカやアジアの国のなかには、中国政府の財政支援と引き換えに、中国政府の意向を尊重して強制送還に応じる国が多いのです。
楊
台湾の法律だと懲役10年で済むところを、中国の法律で裁かれたことで無期懲役になったり、死刑になったりしているわけです。
これもレッキとした人権問題ですよ。
譚
幸いにも、日本は中国と「犯罪人引き渡し条約」を結んでいませんが、日本政府はトラブルを嫌がって自主的に引き渡して、「早期解決した」とみなしてしまうケースがありますね。
劉
日中青年交流協会理事長の鈴木英司氏は、スパイ行為をしたとして中国当局に約6年間拘束され2020年10月11日、刑期を終えて帰国しました。
彼は毎日新聞のインタビューに応え、「(最初の)7ヵ月で太陽を見たのは15分ほどだった」と証言しています。
阿古
彼は「ここまでなら話してもいい」という誓約書を中国政府と結んだうえで発言していますから、もっとひどい仕打ちをされたに違いありません。
私は過去に3回、中国で拘束されたことがありますが、机を叩いて尋問され、一晩留置され、研究プロジェクトについて根掘り葉掘り聞かれました。
譚
外国人には遠慮しているといいますが、そうはいっても過酷な仕打ちを受けます。
外務省の発表では2015年5月以降、日本人16人が中国当局に拘束され、10人が起訴されました。
そのうち9人は懲役3~15年の実刑判決が確定しています。
いまも4人が服役中で、1人が服役中に亡くなっています。
阿古
監視や拘束は中国人だけの問題ではないのですから、日本人はもっと警戒心をもつべきです。
譚
すでに中国は「違法な外国人は中国の法で処罰する」と主張しています。
今後は日本から日本人を誘拐して連れ去るとか、中国旅行に招待して拘束するといった事例も発生しかねません。
日本のメディアが買われる
阿古
先日、台湾に行ってきましたが、緊張感が高まりつつあるように感じました。
2020年、香港が国家安全維持法によって中国の影響下に置かれてしまったことで、台湾は香港からの移民を受け入れていますが、有事が取り沙汰されていることもあり「移民のなかにスパイがいるかもしれない」と疑心暗鬼になっているようです。
日本にはそうした緊張感はありませんが、今後は中国のスパイが増えるかもしれません。
劉
入国規制が緩和されたことで、日本には多くの中国人が来ています。
その中国人のなかには、日本の自由民主主義を利用してメディア買収を企てる者もいる。
とくに出版不況に苦しむ出版社のなかには、莫大な中国マネーに飛びつく会社もあるでしょう。
出版社が買われてしまえば、習近平を礼賛するような本がつぎつぎと日本語で出版されてしまう。
北海道の土地や水源、沖縄のように内部から。
目に見えぬ侵略々が進むことになります。
阿古
2022年1月発表の内閣府の外交に関する世論調査では、18~29歳の4割以上が中国に対して親近感を抱いていると結果が出ています。
文化や人のつながりにおいて中国理解が進み、日中関係が強化されるのはよいとしても、民主主義の価値を損なおうとする動きに、若者たちは十分に注意を払っているとは思えません。
劉
おっしゃるとおりです。
さらに日本の大学は多くの中国人留学生を受け入れていますが、中国政府の意向を恐れる雰囲気が、いわゆる「客観」「中立」の大学、研究機関、学会でしばしば感じられます。
中国に不都合な研究をすれば、すぐに大使館から留学生に指令が入り、留学生たちは数で大学側を圧倒する。
研究者たちは「自主規制」するようになり、中国政府に合わせて政治的態度を表明しなければならなくなる。
知らず知らずのうちに独裁政権の影響を受けてしまうわけです。
楊
私は1987年に来日しましたが、当時の日本の空気感はバブル時代ということもあり、いまよりもずっと自由でした。
しかしここ10年、中国からの影響があったのか文化的にも言論的にも窮屈さを感じています。
新聞記者やライター、作家たちは文章を書いているときに「これは言うべきではない」と自主規制をしてしまう。
なぜ日本には中国のような言論統制はないのに自主規制してしまうのか、いつも私は「日本はもったいないな」と思いながら文筆活動をしています。