言論統制と民主化の課題――阿古智子・譚璐美・楊逸・劉燕子が問う日本の理念と対中外交【後編】
中国国内の「禁止語」
劉
中国の言論空間は、習近平政権の過酷な文化統制によって限りなく狭まっています。
一党独裁の思想・イデオロギーを浸透させるために禁書・禁言システムがデジタル技術によって発展し、焚書坑儒(書物を焼き捨て、懦学者を生き埋めにすること)は歴代王朝をはるかに上回っている。
楊
おっしゃるとおり。
たとえば、天安門事件(1989年6月4日)につながりそうな文言、ないし「8964」という数字は、中国のネット検閲に引っかかる「禁止語」になっています。
また、中国語では翡翠の「翠」の字が「習近平が二度死ぬ」という意味になることから同じく禁止語になっている。
とにかく思想と言論弾圧は「翠」という単なる一文字が使えなくなるほど、いっそう厳しくなっています。
譚
今後は、ますます天安門事件を知らない世代が増えていくことでしょう。
ある米国の高校で、クラスのなかに一人だけ中国人がいたそうですが、先生が天安門事件の話をした途端、「天安門事件があったなんて、そんなの嘘だ! アメリカの陰謀だ!」と、かたくなに言い張ったそうです。
天安門事件当時、海外へ亡命した元学生リーダーの封従徳は、現在でも米国各地の大学から呼ばれて講演していますが、中国人留学生から、「あなた方はなぜ政治的騒乱を起こしたのか?なぜ人民解放軍兵士を焼き殺して橋から吊るしたのか?」と、決まって質問されると嘆いていました。
若い中国人は中国のプロパガンダを本気で信じているんですね。
亡命先でも内ゲバが
阿古
やはり言論空間の自由をどうやって確保するかが問題です。
私は、良質な本を中国語で中国人に向けて出版していくことが必要で、そのために出版社を日本につくるべきだと思っています。
いまは台湾がその役割を担っていますが、台湾も検閲が厳しくなってきています。
楊
ただ私は、中国人に民主主義を教えたり、中国人が民主主義国家に住んだりしても、共産党政権はつづくと思うんですよね。
私はこれまで何度も中国人としての自分を反省してきましたが、中国人コミュニティの利権争いはどうもほかより激しいように見て取れます。
譚
まったく同感です。
私は天安門事件が起きた翌年の1990年、海外へ亡命した人々を追って米国とフランスへ取材に行きました。
米国のプリンストン高等研究所には50人近い亡命者が滞在していましたが、実際に会ってみて、学生リー・ダーと若手作家、中高年の知識人たちが3派に分かれて連日議論に熱中し、天安門事件を引き起こした責任を互いになすり合い、時には乱闘騒ぎまで引き起こしている光景を目の当たりにしました。
民主化を求めて天安門事件を起こした学生たちも、じつは 中国の伝統文化にどっぷり浸かっているんです。
楊
どこへいっても”内ゲバ”を繰り返すわけですね。
譚
趙紫陽総書記の側近で、元体制改革委員会主任だった政治家の陳一諮は、「これが中国人の実情です。
バラバラなのですよ!」と笑い飛ばし、「だからこそ改革が必要なのです」と。
孫文は「中国人は砂のような民族だ」といいましたが、中国人がバラバラで内ゲバ体質なのは宿命です。
天安門事件から5~10年経つと民主化運動はしぼんでいくわけですが、欧米の団体から資金援助がくると亡命者たちは元気を取り戻し、再び議論を始めます。
しかしその議論は、「どのような民主的な政権をつくるか」ではなく、「政権をとったら自分は何のポストに就くのか」です(笑)。
「オレは外務大臣がいい」「僕は経済大臣がいい」といった大議論の果て、殴り合いに発展することもある。
だから、いまの政権が崩壊すれば平和的な政権が誕生するわけではなく、次の政権になっても権力闘争が繰り返されるわけです。
他力本願な民族
阿古
私が支援している人権派弁護士も同じで、欧米の人権基金からの資金援助がくると、まずはカネの奪い合いが始まり、お互いを陥れるようになる。
楊
海外の民主活動家には、反体制運動をあくまでもビジネスとしてやっている人も少なからずいて、欧米の中国民主化をサポートする基金や寄付金などを巡って争っている彼らの姿を眺めていると絶望的で、希望が見えないんですよね。
劉
何千年の毒された歴史がある民族ですから、仕方ありません。
ただ天安門事件で海外に亡命した知識人や学生たちの弁護をすると、彼らは言語、文化、経済、心理などが複合した困難に直面し、その状況はとても深刻です。
だから支援金を争ったり、疑心暗鬼になったりする側面もあるのではないでしょうか。
譚
中国人は他力本願の傾向が強いのだと思います。
米国議会の公聴会に呼ばれたある有名な民主活動家は「中国の民主化が進まないのは、米国の支援が足りないからだ!」と演説して、アメリカ人を唖然とさせていました。
中国を良くするのは中国人自身の責任なのに、勘違いしています。
文学者・魯迅の告白
楊
私は、中国共産党政権が存続する原因は、中国人1人ひとりにあると思っています。
ショージ・オーウェルが『1984年』で描いた全体主義に支配されたディストピア社会が中国で実現されているのに、そこに暮らす人々はそれに慣れて、もう当たり前のように受け入れているのです。
さらに海外にいる中国人のほとんどは、私や劉さんと違って共産党政権を礼賛する愛国者ばかりです。
阿古
いまの中国人は監視システムのなかでがんじからめになり、抵抗したくてもできないのではないでしょうか。
楊
そういう側面もありますけれど同じ強権政治に屈せず、立ち向かった例はあります。
1979年、まだソビエトの衛星国だったポーランドに教皇ヨハネ・パウロニ世が訪問した際のことです。
時の独裁政府が、民衆が町に出て教皇を歓迎するのを禁止したにもかかわらず、教皇の行く先々で道が塞がるほど大衆が集まって歓迎したのです。
この宗教活動はやがて政治運動に発展し、のちのポーランド民主化運動へとつながったのでした。
自由民主は先進国からの「贈り物」ではなく、人民が一人ひとりが戦って勝ち取るものだと思います。
譚
文学者の魯迅は、自分が書く作品の大方針について悩んでいるとき、次のような告白をしています。
「いま、この部屋には多くの中国人がいる。
とても苦しんでいるけど、本人たちは”うたた寝”をしている。
いま、私はこの人たちに『あなたたちが置かれている状況は絶望的だ』と伝えるべきか迷っている。
伝えたところで、彼らはこの部屋から出られないのだから、もっと不幸にしてしまうのではないか。
このまま何も知らなければ、”うたた寝”のままぼんやりと過ごすことができる。
そのほうが幸せかもしれない」
魯迅のいう”うたた寝”とは、まさに今日の監視社会のなかに生きる中国人ですよ。
これほどおかしな社会制度にもかかわらず、中国人がノーをいわないのは、習近平の愛国主義教育がかなり浸透しているからでしょう。
楊
私はそうは思いません。
一人ひとりの中国人は、いまの社会制度は矛盾だらけであると知っていて、政権への不満も持っています。
では、なぜ彼らは反抗しないのか。
理由の一つに「教育」、とりわけ今日の共産党は王朝時代以上に、従順という儒教的価値観を人民洗脳にフル活用しているのではないでしょうか。
そして近年、世界中に孔子学院をつくって、「中国文化」として外国人にも押し付けようとしてきています。
譯
以前、米国の映像メディアが中国の田舎を取材し、「中国での暮らしはどうですか?」と、通りがかりのおばさんに聞きました。
すると、おばさんは「もっと偉い人が出てきて、国を良くしてほしい」と答えた。
米国人のキャスターは驚いて、「どうして中国人は為政者ばかりに頼って、自分で国を良くしようと思わないんだ?」と、テレビ画面に向かって叫んでいました。
米国人には理解できないほど他力本願なのですね。
でも、20~40代までの中国人は、学校教育で儒教教育を受けていませんよね?
楊
ええ。
私の世代も儒教教育を受けていません。
しかし家庭のなかで儒教教育がおこなわれるので、体に染みついてしまうのです。
幼いころに習った教育は簡単に消すことはできず、共産党政権を崩壊させるには、まず中国人が儒教の思想から脱却する必要があります。
中国人は覚醒しない
劉
私も幼いころに毛沢東を賛美する歌や共産主義を礼賛するスローガンを聞いて育ちましたが、いまでもメロディーを聞くと口ずさんでしまい、体が勝手に動いてしまいます。
それほどまでに洗脳教育は恐ろしいんです。
楊
そのとおり。
だから魯迅のいう”うたた寝”から目覚めても、中国人は覚醒しない。
私と同じく来日して30年以上たった中国人のなかには、自由を求めて日本に来ても、日本の中国人社会で生きている人が少なからずいます。
生活も仕事も日本人と接することが少なく、日本語も自由に話せない。
彼らが思っている民主主義とは、中国の学校で教えているような概念と変わらないようです。
そのような民主活動家が中国に真の民主国家を築くことができるかは疑問ですし、権力を握っても習近平とは五十歩百歩の差なんじやないかと思います。
劉
鄧小平の改革開放から40年以上経ったいま、海外に留学して中国に戻る中国人は数えきれないくらいいるのに、中国の政治の進歩や民主主義の発展には少しも役に立っていません。
日本や米国に行っても技術を学ぶだけで、自由や民主主義には見向きもせずに帰国してしまう。
楊
海外で、現地の暮らしや文化に溶け込んで暮らす、本当の意味で「中国人社会を脱した」中国人の多くは、中国関係の利権に対して欲がなく、政治にもあまり興味を持っていないかもしれません。
中国人社会に「寄生」するような中国人、あるいは新たに出てきた留学生には「人権とは」「歴史とは」「憲法とは」「公民とは」などの講座を開いて、民主主義的な価値観を教えたほうがいいと思います。
元凶は「国恥教育」
譯
さきほど洗脳教育の話がありましたけど、中国人には戦争で外国に侵略されたことを。
国恥やとして、その屈辱を決して忘れないという「国恥意識」があります。
そのなかで、中国が南シナ海での領有権を主張するため、地図上に独自に設定した9本の境界線を引いた「9段線」というものがある。
その9段線について、米国の大学教授である中国人のワン・チョン氏が北京の大学に招聘されて講演したとき、「9段線は正しいと思うか」と質問したところ、すべての学生が「正しい」と答えたそうです。
私は確認のため、日本の有名大学の中国人教授に「南シナ海の南沙諸島は、中国の領土だと思いますか?」と聞いてみると、「あまり大っぴらに言えませんが……じつは本心ではそう思っています」と申し訳なさそうに答えた。
その教授は40代で、人柄が誠実で、教養高く、だれからも好かれる研究者でした。
さらに、20~30代の中国人留学生数人にも聞いてみると、「中国では、小学校からそう教えられ、テレビや新聞などでも中国のものだと見聞きしてきました。
日本に留学してから別の考え方もあるのだと知りましたが、幼いころから教えこまれたことは、なかなか考えを改められないのですよ」と。
日本にいる留学生全員が9段線を信じているとは思いませんが、中国が尖閣諸島に軍事侵攻を開始しても、日本国内にいる中国人のなかにも賛成する人が少なくないわけです。
その実、9段線の最南端だと中国が主張する南沙諸島のジェームズ礁は暗礁であって、国際海洋法条約では「島」とは認められず、従って領海だと主張できない。
彼らは勉強不足でそんな事実も知らないのです。
どんなに立派な日本人の先生が民主主義を教えても、本を読ませても、中国の学生は覚醒しない。
これはなかなか難しい問題ですね。
阿古
私は、そういう中国の悲観的な部分も共有しますが、その現状を何とかいい方向に変えたいと思っています。
自分の大学院の学生のほとんどは中国から来ていますが、学生たちが中国でジャーナリスト活動や本の出版ができなくなった公共知識人たちと交流すると、ものすごく衝撃を受けています。
そうした活動を通じて、中国人に民主主義の良さを伝えていきたい。
孫文の時代から、日本は中国に良いものを植えつけて変えようとしてきたわけですが、日本こそが中国をいい方向に変えることができると信じています。
冒頭で、劉さんのご友人が「中国人の血が流れるこの片腕を切り落としたい」といっていたといいましが、それはすごく悲しい話です。
やはり種族的に中国というものを排他的にまとめてしまうのはよくありません。
たしかに、いまの共産党政権には多くの問題点がありますが、中国の血が入っていても、日本に住むことでいろいろな価値観が見えてくると信じています。
逆に、中国が悪者のように話してしまうと、やはり他人事になってしまい、彼らに良い影響を与えられません。
譚
私は主として日中近現代史をテーマに本を書いていますが、過去には嘉納治五郎など日本人の教育者が、阿古さんと同じスタンスで中国に影響を与えましたね。
東京帝国大学の法学教授だった寺尾亨博士も、自分の年金をフイにしてまで、孫文の革命に多大な貢献をしました。
劉
阿古さんの地道な活動は暗闇のなかの光です。
中国で生まれ育った自分自身も、日本にきて自由に触れましたが、30年たってようやく毒を振り払えたくらいですから。
理念なき日本は何もできない
阿古
恐縮ですが、私には小さなことしかできません。
だから、いろいろな方たちと一緒になってやっていきたいと思っています。
先日、私は台湾に4日間行き、「民主主義への世界のムーブメント」に参加してきました。
この会合は、世界中から活動家、ジャーナリスト、弁護士、学者などが参加して人権侵害や権力乱用の実態を分析し、差別や不正義に立ち向かい、自由と民主主義を発展させるための戦略を議論する場です。
今回の主要なテーマは「中ロなどが中心に展開するデジタル権威主義にどう対抗するか」でした。
とくにいま、ロシアがウクライナに対してフェイクを流している状況で、やはり民主主義国家が団結しなければならないと改めて実感しました。
中口のように自分たちに都合のいいナラティブ(物語)を発信する権威主義国に対して、われわれ民主主義国家はどうカウンターナラティブをつくれるか。
その戦略をつくるには、教育現場やメディア、シンクタンクなどのさまざまな団体で具体的に議論する必要があります。
しかし現状、日本は米国や英国に任せっきりで、白分たちが何を大事にするかという理念が非常に曖昧です。
譚
まったく同感です。
いま、北朝鮮からのミサイル発射が相次いでいますが、日本は「警戒感をもって監視する」ばかりで、毅然とした対応ができていません。
ただ見ているだけでは意味がない。
しっかりとした理念と決断力がなければ、具体的なアクションは起こせません。
阿古
ウイグルや香港などの人権問題に関しても、日本はガイドラインや決議を出しただけで、法律や政策に具体的なものはない。
近年、経済安全保障という概念がいわれていますが、理念がしっかりしていなければ経済優先になってしまい、人権問題に何の影響も与えることはできないでしょう。
人権を中心にすると、必ず企業側が損する部分がありますが、それを覚悟で人権問題に対処するには、やはりしっかりとした理念が必要です。
短期的にはデメリットが大きくても、長期的に見たら中国のような巨大な権威主義国家を育てるデメリットのほうがはるかに大きい。
天安門事件の後、日本は人権を無視して中国と付き合ってしまい、中国は今日のような権威主義国家に成長してしまった。
それをしっかりと反省しなければなりません。
怪物国家・中国を育てた日米
劉
天安門事件のとき、なぜ日本は中国の本質を見抜けなかったのか。
阿古さんがおっしゃるように、今日の怪物国家・中国を育てたのは日本と米国にほかなりません。
譚
問題なのは、日本は中国に莫大な政府開発援助(ODA)を拠出したにもかかわらず、一般の中国人はODAによる支援を受けた事実を知らないことです。
日米が資金を援助し、官民挙げて合弁企業をつくったおかげで世界中の投資が中国に集まり、中国は経済成長したわけですが、中国はそれを忘れている。
中国人たちは中国の経済発展は自分たちの力だと思っている。
だから日本はもっと日本の業績を宣伝するべきですよ。
阿古
実際に私は中国の日本大使館でODAを担当していましたが、日本は箱物ばかりをやっていました。
戦争の贖罪史観の影響で内政干渉を恐れるがあまり、中国政府にカネだけ渡して終わりです。
本来であれば、学校をつくるのであれば、学校で何を教えるのか、先生となる人材をどう育成していくか、そういった中身をセットでつくる必要がありますが、それをほとんどやらなかった。
だから一般の中国人は、日本がODAを出した事実を知らないんです。
譯
日本はずっと同じ過ちを繰り返してきました。
1920年代、世界中が清朝時代に起きた義和団事件の賠償金を中国に返却しましたが、米国は中国に学校をつくり、米国が選んだ学生を入学させ、米国に留学させて博士号を取得させた。
帰国した博士は大学教授になり、「米国には恩義を受けた。
米国はすばらしい国だ」と次世代を教育した。
だから次世代も米国はすばらしいと思っています。
しかし日本は中国政府に賠償金の一部を返却し、学生選抜も中国政府に任せて日本へ留学させた。
だから留学生たちは日本の資金だとは知らず、ちっとも日本に恩義を感じない。
また、日本は返却資金の大半で北京と上海に研究機関をつくり、日本人研究者を日本から派遣して、中国人とは関係ないところで中国研究に没頭しました。
そのおかげで胡散臭い研究機関だと思われて排斥された。
同じカネを使うのなら、米国のように活かして効果的に使ったほうがいいに決まっています。
設備や機関に投資するのではなく、人材に投資すべきなのです。
阿古
やはり欧米はキリスト教のベースもあるし、人権感覚がしっかりしています。
しかし、日本は政経分離を意識するがあまり経済だけ良ければいいと考え、中身の人間らしさを育てようとしなかった。
楊
実際に日本のODAの大半は官僚のポケットに入り、日本でビジネスを成功させた中国人の大半はその官僚の親戚・支援関係者です。
阿古
私は実際に担当していたので、その悲しい現実をイヤというほど知っています。
中国人が感謝するにしても、ODAの橋渡しをした日本の政治家が関わっている中国の政治家や役人に対してであり、日本には感謝してくれません。
日本は中国に物申すとき!
劉
米国や台湾の「民主主義基金会」は、中国の人権派弁護士などを支援する活動をしていますが、これまで私は「なぜアジアで最大の民主主義国である日本には民主主義基金会がないのか」と耳にタコができるほど聞かれました。
日本もつくるべきですよ。
劉暁波は「利益外交」から「価値外交」への転換を提唱していました。
経済大国である日本はアジア経済の発展の重要な責任を負い、政治においてはアジアで最も成熟した民主主義の大国であるのだから、道義的にアジアの社会的転換、政治の民主化の進展において最大の担い手になるべきである、ということです。
中国共産党が政権を担って70年以上経ちますが、いつまでも日本は謝ったまま。
それでは何も始まりません。
阿古
日本は中国政府に弾圧される人たちを横目に、ただかわいそうと思っているだけでいいはずがありません。
民主主義のために、具体的に考え、行動することが求められます。
楊
世界的に中国への圧力が強まるなか、日本はどうするのでしょう。
立ち上がるならもう、いましかありません。
譚
1974年の国連第6回特別総会で、鄧小平は次のように演説しています。
「もしも中国がいつの日か変節し、超大国となり、しかも世界の覇権を握り、至るところで他国をいじめ、侵略し、搾取するようになったなら、そのときには、世界の人民は、中国のことを『社会帝国主義だ』と非難し、中国の悪事をあばき、中国に反対し、そして中国人民と協力して中国を打倒すべきです」
いまこそ日本はリーダーシップを発揮して、世界の国々や悩める中国人と協調し、明るい日中関係のために毅然として中国に物申すときです。