なりすましへの最終通知、その翌朝のX凍結――四度の異議申し立てと、本名での再出発
長年、Xで私の発信を読んでくださっていた皆様に、何が起きたのかをお伝えしておきたい。
私は、発信をやめたのではない。
読者の皆様とのつながりを、自ら断ち切ったのでもない。
2026年9月11日早朝、私のXアカウントが凍結されたのである。
その前夜、私は何を発信していたのか。
この経緯を、順を追って記しておく。
私は、2010年7月16日、「文明のターンテーブル」としてインターネットでの発信を始めた。
その時に浮かんだ筆名が、芥川賢治だった。
私が自らの文章に用いていた、その名前をかたり、2017年11月頃、Facebookに登場したアカウントがある。
私は、このなりすましが、2011年6月から私に対する信じ難い検索妨害を続けてきた、ある犯罪者の仕業であると確信している。
その確信の背景には、長い被害の経緯と、過去の刑事告訴がある。
2011年、私は大病に罹患し、8か月に及ぶ長期入院を余儀なくされた。
その闘病の最中にまで、私に対する検索妨害は行われていた。
完治して退院した翌年の2012年、私は、その他の被害も含めて刑事告訴を行った。
その際、私に対するインターネット上の業務妨害について、この人物は取調べに対して全面自供した。
私が今回のなりすましを考える時、その過去を切り離すことはできない。
9月10日、就寝前。
私は、このFacebook上のなりすましに対する最終的な注意及び通知文を、英語でXに発信した。
私の当初の筆名をかたるアカウントについて、読者に注意を促し、私自身の立場を明確にするためである。
そして、その翌朝だった。
私自身のXアカウントが凍結されたのである。
この順序を、私は明確に記録しておく。
なりすましについて警告したのが、9月10日の夜。
自分の発信を止められたのが、9月11日の早朝である。
私は、この出来事を黙って受け入れなかった。
有力AIとともに経緯を整理し、日本語と英語の双方で、事実関係と要求を明確にした異議申し立てを作成した。
一つ一つの表現を精査し、誤解の余地を残さぬように整え、再審査と具体的な説明を求めた。
その異議申し立ては、四度に及んだ。
四度とも、返ってきたのは全く同じ内容の回答だった。
以下に、その日本語の回答を原文のまま掲げる。
【X社からの回答原文】
Twitterからのお知らせです。
アカウント@sunsetrubdown22についての異議申し立てを確認いたしました。
Xのサポートチームは、により、Xルールの違反は生じていないと判断しました。具体的には以下のとおりです。
偽装行為を禁止するルールに違反しています。
ご提供いただいた追加情報を検討した結果、今回のケースでは当初の決定を撤回する正当な理由はないと判断いたしました。したがって、ご利用のアカウントをロックする決定は撤回されません。
アカウントの機能制限を解除するには、アカウントにログインして画面の手順を完了することで違反を解決してください。
ありがとうございます。
Xサポート
【引用終わり】
読者の皆様にも、この文面を読んでいただきたい。
「Xのサポートチームは、により」とは、何を意味する日本語なのか。
「Xルールの違反は生じていないと判断しました」と述べた直後に、「偽装行為を禁止するルールに違反しています」と書いてある。
違反していないのか。
違反しているのか。
その最も基本的な点さえ、この回答は一貫して説明できていない。
さらに、ロックする決定は撤回しないと言いながら、機能制限を解除するにはログインして手順を完了せよと指示する。
ところが、私はログインすらできない問題に直面していた。
これで、どう対処せよというのか。
何より、私のどの投稿、どの行為が「偽装行為」に当たるのか、この回答には具体的な説明がない。
私は、自分の筆名をかたるなりすましについて警告していた。
その私に「偽装行為」という言葉を突きつけながら、何を指しているのかを説明しない。
この扱いに、私が深い怒りを覚えたのは当然である。
一度の誤記なら、訂正する機会はある。
だが、私は四度、異議を申し立てた。
その四度に対して、同じ文面が返ってきたのである。
私が挙げた事実は、どこで検討されたのか。
私が指摘した矛盾は、誰が確認したのか。
「追加情報を検討した」と書くだけで、検討の内容を何一つ具体的に説明しない回答を、私は誠実な対応とは認めない。
私は、特別扱いを求めたのではない。
自分に下された措置について、理解できる言葉で理由を説明してほしい。
誤りがあるなら、事実に照らして訂正してほしい。
ただ、それだけの要求である。
世界中の人間の言葉を預かる企業が、一人の利用者に、意味の通る言葉で説明することさえできないのか。
凍結の向こう側には、生身の人間がいる。
長い年月にわたって書き続けてきた時間があり、その文章を読み続けてきた人たちがいる。
そのつながりを断ち切る措置を取るなら、それに見合う説明責任がある。
私は、もう許せないと思った。
9月17日、最寄りの警察署に赴き、これまでの被害の経緯を説明したうえで、正式に刑事告訴を行った。
告訴状は受理された。
2012年以来、14年ぶりのことである。
怒りを胸の内に押し込め、何事もなかったように過ごすことを、私は選ばなかった。
被害を訴えるべき場所に赴き、正式な手続を取ったのである。
その後の対応で力になってくれたのが、担当の若い刑事さんだった。
私は、プレミアム契約のキャンセルにも困り果てていた。
さらに、凍結された旧アカウントを削除し、本名で新たに発信しようと決意した時には、ログインすらできないという問題が立ちはだかった。
有力AIとのやり取りでも解決に至らなかったこれらの問題を、その刑事さんは、あっさりと解決してくれた。
目の前の人間が何に困っているのかを理解し、具体的な解決へと導く。
その対応に、私は心から感謝している。
四度の訴えに、同じ不可解な回答を返し続けた巨大企業。
私の困り事に向き合い、解決してくれた一人の若い刑事。
この違いを、私は忘れない。
そもそも、凍結されたアカウントのIDに、私には全く愛着がなかった。
2010年7月16日、「文明のターンテーブル」として登場する時に浮かんだ筆名とは、その意味が全く違う。
筆名には、書き始めた時の思いがある。
しかし、そのIDに、私の言葉や人生を縛りつけておく理由はない。
私は、旧アカウントを削除し、本名で新たに出発することを決めた。
そして今、私はXで、本名を掲げた「MIKIO KISARA 文明のターンテーブル」として、発信を続けている。
長年、私のXを読んでくださっていた皆様。
突然、私の発信が途絶えたように見えた事情は、以上のとおりである。
私は、消えたのではない。
沈黙を選んだのでもない。
私が書いてきた言葉は、一つのIDに属するものではない。
私自身の思索と経験と、書き続けてきた年月に属するものである。
アカウントを凍結することはできても、私が考えることまで止めることはできない。
私は、この経緯を記録として残す。
四度の異議申し立てに、四度とも同じ、矛盾した日本語で応じたX社への怒りを、曖昧にして終わらせるつもりはない。
そして、私の言葉を待ってくださる読者に向けて、これからも書き続ける。
本名で。
自分の言葉に、自分の名を添えて。