驚き!主催者はベイクルーズだった――梅田の光に、私の歴史がよみがえる。104枚の4K映像詩・第4弾

同じ写真集による、第3弾である。
2026年10月25日、夜のグラングリーン大阪。
そして、10月28日、夕暮れの梅田。
104枚の写真を、今回は、マーラー《交響曲第2番「復活」》第1楽章とともに、4Kの映像にした。
演奏は、ピエール・ブーレーズ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団である。
《復活》。
この作品の名が、今回ほど、私自身の記憶と重なったことはない。
失った土地、その後の歳月、そして、その土地を取得した企業との、思いもかけない再会。
撮影していた街の光のなかに、私の過去がよみがえったのである。
先夜、とても驚いた。
私は撮影に集中していたから、信じ難いことに、全く気がつかなかった。
10月24日、25日のイベントに向けて、1週間ほど前から、テントを設置する工事が行われていた。
工事中、二度目ぐらいに訪れたとき、能登と熊本の地震のチャリティーイベントであることは分かった。
しかし、私は、10月30日から1週間ぐらい開催されるのだと思い込んでいた。
私は今、連日、膨大な作業に追いまくられている。
昨年11月18日、私がメインに投稿していたgooブログが閉鎖された。
2010年7月16日以来、投稿し続けていた私の論文は、実に35万件前後に上る。
これほどの数の論文を書き続けてきた人間は、他にはいないだろう。
運営会社だったNTTが、はてなとアメーバへの引っ越しを用意してくれていた。
はてなへの移行は、1週間以上かかって、ようやく終了した。
アメーバには、なぜか、移行できないまとまりがいくつもあった。
大半は、AIが登場する以前のものである。
当初に比べれば随分ましになったとはいえ、不完全なGoogle翻訳、後にはDeepLを使用して翻訳した、各国語の章もたくさんある。
とにかく、全てを書き直すことにした。
なぜなら、読者はご存じのように、本欄は、あと170年、継続するからである。
そのために、最優秀AIもプロ契約にした。
10月24日、土曜日。
作業を終えて、急ぎ梅田に向かった。
ある場所から、ある時間の写真を撮りたかったからである。
しかし、その時は、もう過ぎていた。
なぜか通路が閉鎖されていた。
そこで初めて、勘違いに気づいた。
10月24日、25日が開催日だったのである。
大変な人出だった。
とても良い響きの音楽が流れていた。
会場の外周だけは通行できた。
あまりにも良い響きのバンドだった。
CHARAだった。
記憶のなかから、その名前がよみがえった。
私は立ち止まって、聴き込んだ。
実に良い響きだったからである。
CHARAが35周年だと言ったので、スマートフォンで彼女の年齢を調べた。
名前は知っていた。
写真撮影は切り上げて、帰宅した。
翌日も、同じような時間に向かった。
19時からウルフルズが登場して、終了するのだと思い込んでいた。
その前に撮影を終えようと思ったのである。
ところが、着いたときには、バンドたちの出演は全て終了していた。
会場に設置されたDJテントから、音楽が流れていた。
通行できる通路から撮影して、帰宅した。
とても良い作品になった。
一昨日、視聴していて驚いた。
この、とても良い、恒例となっているイベントの主催者は、ベイクルーズだったのである!
アルファベットで「BAYCREW’S FESTIVAL……」と記された長いイベント名だったこともあり、私は、自転車関係の何かだと思い込んでいた。
至極順調に実績を積み重ね、数年後には店頭登録するというところまで来ていた弊社は、日本有数の不動産販売会社が大阪支店を設立するよりも前に、設立していた。
お互いに、最良・最強のライバルだった。
私は毎年、北新地で、行きつけの店の一つだった、プロのキーボード奏者とギタリストが経営していた店を借り切って、彼らと弊社社員合同の忘年会を開催していた。
この頃の私の持ち歌は、♬We Are the World♬、♬Blue Hawaii♬などだった。
弊社の或る顧客が東京の駅前に6.5億円の土地を取得しようとしていたが、物事が前に進まない。
弊社に間に入って欲しいとの依頼があった。
売主側の業者を尋ねれば、上記のライバルの東京本社だという。
それなら話は早い。
向こうは弊社の事は良く知っているから。
この件は、瞬時にと言って良い程に契約締結に至った。
本社の関係者は、こんな見事な取引はしたことがない。
時間はありますか?
昼食をご馳走させてほしい。
超高層ビルの最上階に在る和食の店だった。
「社長、東京で不動産を取得したらどうですか?」
「東京は、考えていなかったけど…私は新宿は好きじゃないから、渋谷区、中央区、港区、千代田区、その中で、プロが買うにふさわしい別嬪の土地が出たら言って…」
それから1年ほど絶って、大手金融機関仙台支店で契約決済をしていた時に、電話が鳴った。
「出ましたよ…」翌日の予定を全てキャンセルして早朝に本社に入った。
社印等一式を持参していたから、その場で、契約締結完了。
弊社の一里塚となるような、渋谷区神南の別嬪の土地を取得した経緯である。
彼らの東京本社が専任で売却を依頼されていた土地だった。
取得してすぐに、東京の不動産会社50数社が、弊社に譲渡を依頼してきたという。
ある会社は、坪1千万円を上乗せする、とまで言ってきたという。
弊社は、ここに東京支店とともに、上から下までイタリアのビルを建設する予定だったから、全て断っていただいた。
この後の経緯は、既述のとおりである。
1990年の総量規制が、「日本の失われた30年」の始まりだったこと。
その後に、事の次第に気づいた宮沢首相は、10兆円単位の公的資金を投入して一気に解決しなければならないと、自民党の軽井沢勉強会で発言した。
これを潰し、「日本の失われた30年」を決定的にした、愚劣な正義漢の大合唱を始めたのが、朝日新聞経済部の一記者だった山田某であり朝日新聞だったことも、既述のとおりである。
弊社が致命的な大打撃を被っただけではない。
日本国に対して、この男と朝日新聞がもたらした損害は、朝日新聞社が無数にあっても返済不能なほど、天文学的な額なのである。
山田某と朝日新聞は、私が本欄で世界で初めて指摘した真実、「全ては一人から始まる」、を、最悪の事例で証明したのである。
「死んだ子の年を数えても仕方がない」。
当時の大手金融機関の社員たちが、口癖のように言っていた言葉だった。
上記のライバル企業の社員から、「社長、人の世話ばっかりしていないで、自分の終の棲家を探しましょう」、と言われて取得していた、千里ニュータウンの土地もしかり。
本件もしかり。
全て、超破格の安値で、一気に処分した。
この別嬪の土地にも、当然ながら、すぐに買い手が現れた。
それが、当時は、渋谷区に本店を置いていた、中堅アパレル企業のベイクルーズ社だったのである。
私は、今でも、彼らの本社で契約を締結した時の事をありありと覚えている。
彼らは、取得した瞬間に、莫大な含み益を得た。
その後の彼らの快進撃は、周知のとおりである。
おまけに、彼らが毎年、恒例として最高のイベントを開催している、この場所。
私がいなければ、今のような通路も建物もない、ただの公園になっていた場所なのである。
つまり、二重、三重の意味を帯びた再会だったのである。
「大阪を、そこを人生の舞台として選択した私の人生を、こんな愚劣な低能に殺されてたまるか」。
その思いで、私は、たった一人で、関係団体に相対し、この愚劣な計画を潰すのに、3か月を費やした。
その後、すぐに出てきたのが、ここをサッカー場にして、ワールドカップを誘致しようという、これまた愚劣・低能極まる計画だった。
これも、たった一人で、私が潰した経緯は、既述のとおりである。
このとき、もうこれ以上、時間を費やせない、仕事に支障が出る、と思ったことも。
それで、本欄として登場したのが、2010年7月16日だった。
本欄が、この愚劣を完璧に叩き潰したことは、歴然たる事実である。
主催者であるベイクルーズにとって、私は「中興の祖」だったと言っても、全く過言ではない。
言うまでもなく、私が超格安で譲渡した本社用地を担保にして、彼らは、その後の事業展開の全てを賄える融資を、低利で得ることができたのだから。
10月24日、会場一帯に流れていた、CHARAのバンドの響きは極上だった。
戦後最高の都市計画の一つであると言っても過言ではない場所に、素晴らしいバンドの響きが流れていたのである。
10月25日、日曜日、最後の夜に、ファッションショーが開催されていたのも当然だった。
あのファッションショーも、私が何もしなければ、あり得なかった場所での開催だったと言っても、全く過言ではない。
その場所に立って、私は、撮影に集中していた。
主催者の名前に、自分自身の過去がつながっていることにも気づかずに。
そして今、104枚を見返しながら、あの日の光とともに、私の歩いてきた時間を見ている。
マーラー《交響曲第2番「復活」》。
今回、この写真集に重ねたのは、その第1楽章である。
失ったものが、そのまま戻ってくるわけではない。
しかし、失ったものとともに生きた時間まで、消えるわけではない。
思いもかけない場所で、一つの名前が、その時間を呼び覚ます。
あの日、撮影していた街の光のなかで、私自身の歴史が、再び姿を現したのである。
撮影・映像構成:MIKIO KISARA(木皿幹雄)
撮影日・場所:
2026年10月25日/夜のグラングリーン大阪
2026年10月28日/夕暮れの梅田
写真:104枚
映像:4K
音楽:
マーラー《交響曲第2番「復活」》第1楽章
指揮:ピエール・ブーレーズ
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

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