2011/7/31…どんどん真っ当に成って行く日経シリーズ② ― 辞めない首相に付ける薬
どんどん真っ当に成って行く日経シリーズ…日経2面から。
2011年07月31日
辞めない首相に付ける薬
誰かが急に極端なことを言い出したら、何か強弁せざるを得ない事情があると考えるのが普通だろう。今の菅内閣の姿もそれに当てはまる。
「46億年の歴史を地球は経ているが、原子力への依存はわずか数十年。未米水劫(えいごう)、依存しなければ成り立たないとは思っていない」。菅直人首相は20日の衆院予算委員会で強調した。
海江田万里経済産業相は数時間後、衆院東日本大震災復興特別委員会で「脱原発」の方針についてこう言い放った。「首相としての発言なら泰山より重いが、
個人的な発言なので鴻毛(こうもう)より軽い」野党が「明確な閣内不一致」と追及するのは当然だろう。
46億年を分母にとれば何事も一過性だという論法は、首相の答弁としてはずいぶん乱暴である。
…中略。
民主党のリーダーの発言は、演説として聞く分には歯切れがいい。
鳩山前首相は「脱官僚依存」「地域主権」「米軍普天間基地の沖縄県外への移設」などを政権の優先目標に掲げた。菅首相は「消費税率10%」「環太平洋経済連携協定(TPP)への参加」「脱原発依存」に意欲を示した。
政策の方向性は必ずしも間違っていないが、理想を現実をつなげる戦略が決定的に欠けているのが共通点だ。
民主党政権は「国家の操縦席から官僚は退席を)と迫ったので、本来は政冶家の役割が重要度を増すはずだった。
首相が突如として夜に記者会見し、重大発表を繰り返すのを「リーダーシップ」と見るか「独裁的」と言うかは評価が分かれる。
しかし首相の判断が正しければ全力で支え、誤っていれば再考を促すという与党が果たすべき役割が、現政権ではむしろかすんでしまっている。
その最たるものが、首相の進退をめぐる2ヵ月に及ぶ迷走である。
「辞めると明言している首相をわざわざ長くやらせるのは国民に失礼じゃないか」。民主党幹部が自民、公明両党に法案審議への協力を求める際に使う決まり文句だ。
岡田克也幹事長をはじめ執行部の仕事は「辞めない首相」への愚痴を野党や有権者に聞いてもらうことではない。
民主党からは国政の停滞に連帯責任を負っているという緊迫感がほとんど伝わってこない。
首相は6月に野党から内閣不信任案を突きつけられ、おそらく政治リーダーとして重大な判断ミスをおかした。長期の続投を目指すのなら、民主党分裂の危険を冒してでも本会議での勝負から逃げるべきではなかった。
採決直前の党代議士会で首相は「若い世代に責任を引き継いでいただきたい。私にはまだ松山の53番札所から88番札所までお遍路を続けるという約束も残っている」と□にした。
結果として仲間を欺くかたちとなり、今では執行蔀を含む党内の大半が首相から事実上離反している。議院内閣制が想定する本来の政権の姿からは大きくかけ離れてしまった。
延長国会の会期末まであと1ヵ月。民主党幹部や閣僚は、政治的に剌しちがえてでも首相に引導を渡す覚悟があるのか。
問われているのはもはや首相の見識ではなく、民主党が政権与党たり得るのかという根源的な問題である。
(編集委員坂本英二)