2011/7/30…ジュリエット・グレコ来日公演 ― 伝説のシャンソン・ミューズ、84歳のオーラ
「ジュリエット・グレコ来日公演」 辛酸なめ子…週刊文春8/4から。
2011年07月30日
シャンソン界の伝説的ミューズは御年84歳
文中黒字化は私。
これが最後だと言われ続けながら数年に一度来日公演を行う84歳の現役歌手、ジュリエット・グレコ。6月17日に渋谷Bunkamuraオーチャードホールでコンサートを開催しました。
客の年齢層は高く、男性の多くはパリッとしたスーツで役員の風格、女性のファッションもエレガントで、経済レベルもかなり高そうです。
1949年にデビューしたグレコのファンの貫禄は、フレンチホップ好きの若者とはレベルが違います。背後から聞こえる「イタリアのオペラに行った時はもっと良い席だった」「モンマルトルでシャンソンを聴いた店は何だっけ」といったハイソな会話に緊張感が高まります。
照明が落ち、薄闇の中後方からさり気なく登場したグレコ。シンプルな黒いドレス姿ですが、1940年代サンジェルマン・デ・プレのミューズとしてサルトルやコクトーと交流した歴史を背負い、圧倒的なオーラがあります。
肉眼で見ると年齢不詳で50代にも見え、オペラグラスで見てもおばあさん感は皆無です(夫であるピアニストの男性は自然に加齢)。グレコのアンチエイジングの秘訣は何なのでしょう。戦時中の粗食が効いたのか………ソヤンソンの腹式呼吸も良さそうです。
歌というより語りや演説のようで、太い声で力強くメッセージを放つグレコ。邦訳は字幕スクリーンに表示されて親切です。それにしても膨大な詩を暗記できる84歳に驚嘆。下半身は不動のまま両手をエモーショナルに動かし、人生にかかる橋や、鳥と魚の恋、アコーディオン弾きの哀愁を歌います。
セルジュ・ゲンズブール作曲の「ラージャヴァネーズ」を歌う時はひときわ情感がこもり、女の表情になっていました。最後はセルジュに捧げるように天に向かって投げキッス。ジェーン・バーキンやバルドーには負けられないミューズの意地を感じます(実際声量では勝ってます)。
夏の海で変質的な男に誘われその後男が入水自殺、という事件的な題材もグレコが歌えばムーディなシャンソンに。
「行きます!行きます!・」と叫ぶ死についての歌も、すぐ「死ぬ死ぬ」言う人は逆に長生きするという法則を実証しているようです。
しかし、舞台の袖に歩き去るグレコの背中は丸まってやはりお年を召した方だと敬老の念がこみ上げます。
最後にスキを見せるフランス女の魔性に心を掴まれました。