「富の収奪からウクライナ戦争まで――“タコツボ史観”が見失う世界史の現実」― 月刊WiLL1月号対談「日本の戦史研究はタコツボ化してる」後半 ―
本稿は月刊WiLL1月号対談「日本の戦史研究はタコツボ化してる」後半部として、モーゲンソー・プラン、ハリー・ホワイト、ドイツ富の収奪、無条件降伏要求の虚構、スターリンと毛沢東の同盟関係、チャイナハンズによる対中政策攪乱、懲罰的戦争観の成立過程を検証する。さらにウクライナ戦争の停戦困難性、トランプ政権とプーチン、NATOの動揺、ゼレンスキー政権の行方まで視野に入れ、日本の戦史研究が陥る「タコツボ史観」の危険性を世界史的視点から告発する。
本稿は月刊WiLL1月号対談「日本の戦史研究はタコツボ化してる」の後半部であり、ヘンリー・モーゲンソー・プランとハリー・ホワイトによるドイツ富の収奪、無条件降伏要求の起源と虚構、ソ連・中国共産党・チャイナハンズの連携、第一次世界大戦以降に変質した「懲罰的戦争観」など、戦後正統史観が見落としてきた国際政治の暗部を抉り出す。
フーバーの反対で中止されたモーゲンソー・プランや占領紙幣乱発による富の収奪、スターリンと毛沢東の緊密な関係、米国の対中政策を誤らせたチャイナハンズのプロパガンダ、日本が無条件降伏を躊躇した背景としてのドイツ占領政策の苛烈さなどを具体的史料に基づき提示し、日本側資料だけを読み込む「タコツボ史観」の危険性を指摘する。
さらに、戦争を「正義対悪」「警察対犯罪者」とみなすアメリカ特有の内戦的戦争観が、無差別爆撃や敵国の「奴隷化」プランを正当化していった過程を辿りつつ、現在進行中のウクライナ戦争にも議論を拡張し、トランプ政権とプーチンの思惑、中間選挙、NATOの動揺、ウクライナ世論の変化、ゼレンスキー政権の行方などを織り込みながら、「一度始まった戦争を終わらせること」の難しさを強調する。
終章では、半藤一利・秦郁彦・保阪正康らを例に、日本の戦史研究がいまだ日本国内の資料と人間関係に偏り、「日本だけが悪」という“裏返しの皇国史観”に留まっていると批判し、世界史的視野と多国間資料に基づく新たな戦争研究の必要性を訴えている。
以下は前章の続きである。
富の収奪まであった!
渡辺
フーバーはモーゲンソー・プランをドイツに適用したら、米国がこれからもずっと支援しなければならなくなると訴え、中止させました。
連合国のドイツへの報復的戦後政策については歴史の検証が必要です。
ホワイトを中心にドイツの富の収奪のため、貨幣政策まで利用しています。
占領紙幣の印刷原版をソ連にわたしていたのもホワイトです。
ソ連は占領紙幣を好き放題に刷った。
連合軍によるドイツの富の収奪はこれほど凄まじかったのです。
『終戦史』にはモーゲンソー・プランやホワイトに関して一言も言及されていません。
日本はドイツに対する非道な占領政策を知っていた。
だから、無条件降伏を受け入れることに躊躇していたのです。
何をされるかわからない恐怖です。
福井
日本軍も軍人が前線では皆殺しにされていることを把握していましたから、本土は絶対に死守しようとなるのは当然です。
米軍が太平洋の島々を占領する際、兵士が玉砕しただけでなく、日本人女性の多くも自殺しました。
米兵に強姦されるという恐怖心があったことは間違いないでしょう。
というのも、欧州戦線でソ連兵がドイツ人女性をみな強姦したと言われていますが、一方で米兵による強姦も多発していた。
渡辺
『終戦史』に「無条件降伏は当然の話だった」と書いてある。
米国資料を見ていない証拠です。
カサブラン力会談(1943年)でFDRが突然、無条件降伏の要求をしました。
その後、チャーチルは「寝耳に水の話だった」と証言し、FDRも「突然、思いついた」と認めている。
南北戦争で、南軍のロバート・リー将軍が無条件降伏したと言われ、FDRはそこからアイデアがひらめいたと言っているわけですが、これもいい加減なものです。
というのも、リー将軍のとき、無条件降伏ではありませんでした。
南軍の兵士は農民が多い。
軍馬は戦争が終わったら農耕馬になるから、取り上げないでくれと交渉し、北軍のユリシーズ・グラント将軍が許しました。
完全な無条件降伏ではなかったのです。
日本が無条件降伏を受け入れることに躊躇したのは当然です。
『終戦史』の考察は外交資料を読まない空論という印象を受けます。
スターリンと毛沢東
福井
もう一つ、『終戦史』でおかしいなと思ったのが、スターリンと毛沢東があたかも仲が悪かったように描いている点です。
それは事実に反します。
中国出身のマイケル・シェン米アクロン大学名誉教授はスターリンと毛沢東がしっかり手を結んでいたことを明らかにしています。
たとえば、世界中の左翼を困惑させた独ソ不可侵条約締結直後に出たコミンテルン機関誌には、条約を絶賛し、ドイツではなく英仏帝国主義を非難する毛沢東のインタビューが掲載されています。
渡辺
1945年、米国のチャイナハンズ(日本でいうチャイナスタール)、たとえばジョン・カーター・ヴィンセントなどは、国務省本省に対して、中国では国民党を中心に、その下に中国共産党が入り、国共合作の国家を建設することができると言い続けていました。 実際に毛沢東が蒋介石との交渉のため、1945年8月、延安から重慶に移動します。
飛行機に乗るのがはじめての毛沢東は暗殺を恐れ、怯えていました。
それでもスターリンに命じられて、毛沢東は決死の覚悟で重慶に赴いたのです。
チャイナハンズを喜ばせるためでもあった。
福井
毛沢東は、一番偉いのがスターリン、次は自分だと考えていました。
スターリン死去後は自分が一番偉いというわけです。
スターリン死後、ソ連共産党書記長となりスターリンを批判したニキタ・フルシチョフなど、毛沢東は歯牙にもかけませんでした。
渡辺
毛沢東がスターリンの指示通りに動いていたのは間違いない。
福井
満洲を制圧したのもスターリンの指示があったためです。
当初は、満洲を共産化し、蒋介石と対峙するつもりだった。
ところが、日本降伏後、米国が十分に蒋介石を支えなかったので、毛沢東が難なく勝利を収めることができたのです。
蒋介石は日本と手を組んでおけばよかったと、後悔したのではないでしょうか。
渡辺
米国のチャイナハンズが、ここまで中国共産党に肩入れするとは思っていなかった。
福井
米国では、毛沢東は民族主義的農政改革者であり、共産主義者ではないというチャイナハンズのプロパガンダが奏功します。
一方、蒋介石は腐敗した独裁者とみなされていた。
リアリストのアルバート・ウェデマイヤー中国戦線司令官は帰国後も国民党支援を訴えましたが、チャイナハンズに影響されたかつての上司ジョージ・マーシヤル国務長官に取り合ってもらえませんでした。
渡辺
ウェデマイヤーは海兵隊ではなく米陸軍を本格的に出さない限り、中国共産党による中国支配は抑えられないとわかっていた。
しかし、ホワイトハウスからすると中国はその当時、どうでもいい存在だった。
ドイツが最大の敵であり、ドイツを叩くためにどうするか、すべてその考えで動いていました。
満洲には米軍を派遣するつもりはまったくなかったのです。
ハルノートで日本に中国からの全回撤退を要求していますが、日本を怒らせて、ただ刺激したかっただけ。
日本撤退後の満洲の国づくりなど考えていません。
福井
米国の対外政策は世論の影響を強く受けます。
主敵であるドイツを倒した後に、米兵がなぜ日本本土や中国で戦って死ななければならないのか、と一般国民に反対されるから、本格的な攻撃を行うことは困難だった。
そういう点も中国共産党軍には有利に働きました。
戦争観が変わってしまった
渡辺
福井先生が私との共著『「腹黒い」近現代史』(ビジネス社)で指摘されましたが、第一次世界大戦以降、戦争の始め方、終わり方が極めて特異になりました。
領土を割譲し、賠償金を払って終わりという昔の戦争の終わり方ができなくなった。
すさまじく懲罰的になりました。
福井
日本は第一次世界大戦以降の戦争観の転換に追いつけませんでした。
ドイツは降伏後の奴隷化の恐怖で、死に物狂いで戦いました。
しかし、日本も徐々に戦争観が変わったことがわかってきたと思います。
勝てないことはわかっていましたが、なるべく相手にも打撃を与え、多少とも有利な条件で降伏を実現しようとしたわけです。
実際、硫黄島の戦いや沖縄戦は米軍に衝撃を与えた。
渡辺
だからこそ米国は本土決戦などまったく考えていなかったのです。
計画はありましたが、実行する気はさらさらなかった。
福井
そもそも戦争にいいも悪いもありません。
ところが、米国の戦争観は”内戦”なのです。
渡辺
「正しい戦争」という概念を持ち出さなければ、米国は戦争ができない国です。
福井
そうなると自国は警察、敵国は犯罪者となる。
それまでの主権国家間の限定戦争から、第一次世界大戦は正義のデモクラシーと悪の圧政の戦いという全面戦争となりました。
そうなると軍人と非戦闘員の区別もあいまいになってしまう。
しかし、第二次大戦でも日本はゲリラ戦術を使っていません。
軍が投降しても残った住民はゲリラとなって戦えとは命令していません。
軍人と一般民衆は別という見方でした。
渡辺
伝統的な戦争観を堅持していました。
福井
ところが、中国などは軍人と民間人ゲリラが一体になって攻撃してくるわけです。
そうなると、街中を歩いているおばあさんもゲリラの一員かもしれないから疑心暗鬼になり、ゲリラでない民間人も殺害することになる。
中国戦線で”虐殺”といわれているのは、多くがこうした事例でしょう。
米軍は朝鮮戦争以降、考え方を変えたとされます。
米軍はそういう戦争をしたことがなかったため、ドイツが東部戦線で行ったソ連パルチザンとの苛酷な戦いを戦争犯罪視していました。
ところが、朝鮮半島でゲリラ戦を経験したことで、ドイツ軍への見方が変化し、それがドイツ再軍備を後押しします。
歴史の皮肉
渡辺
歴史を振り返ると、米国の愚かさにげんなりします。
「あなたたちはそれほどに無知だったのですか」と。
福井
戦後もそうです。
米国が立派なわけではなかった。
8月の時点で米ソ対立は決定的であり、米本国ではニューディーラーは退けられていたのに、日本の占領初期はニューディーラーがGHQの主導権を握り、日本は大混乱に陥ります。
ところが、米ソ対立の激化と中国共産党の大陸制覇もあり、トルーマン政権は日本を支援せざるを得なくなった。
中国が蒋介石の下で統一されていれば、米中協調の下、「カルタゴの平和」と同じく日本は完全な農業国にされていたかもしれない。
渡辺
歴史の皮肉です。
福井
何度も言いますが、日本の都合で戦争はできません。
日本は世界において、そこまで偉くない。
渡辺
『終戦史』も日本の都合で戦争がやめられるという前提に立っています。
でも、日本の都合など関係ありません。
日本側がしっかり決断できていれば、いい形での終戦の迎え方があったと見ていますが、そんなことはありません。
福井
『終戦史』をはじめ、多くの日本の歴史文献は日本国内の人間関係に筆を多く割いていますが、戦争の帰結にそれほど影響があるとは思えません。
日本側の文書については。よく調べられていますが、それでは先の大戦の本質を理解することは難しい。
渡辺
半藤一利、秦郁彦、保阪正康各氏をはじめ、日本の歴史学界はいまだにタコツボ化しています。
日本以外の世界に目を向けようとしません。
日本の資料ばかりを研究して。政府や軍部の責任論を問うばかり。
日本は当時、世界の主役ではなくバイプレーヤーに過ぎなかった。
福井
結局、日本のみを悪とする「裏返しの皇国史観」なのです。
ウクライナ戦争の行方
渡辺
戦争を終結させるのは難しい。
ああすれば、こうすれば早くやめられたという議論が空論になりかねないのは、今のウクライナ戦争を見ればわかります。
ロシアはやめたい。
ウクライナ国民も当然、やめてほしいと願っている。
米国もやめさせたい。
でも、戦争をやめられない。
一度、戦争が始まってしまったら、戦争を止めるのは本当に難しい。
ただ、少しずつ前進しているのは間違いありません。
トランプとプーチンはしっかり手を組んでいます。
そういう意味でも、プーチンとしてはトランプ政権が弱体化するのは望ましくない。
だから、中間選挙の前にプーチンはウクライナ戦争を終わらせて、トランプを戦争を止めた大統領にしたいと考えているかもしれません。
福井
トランプの支持率が下落傾向にあることはどう関係しますか。
渡辺
経済は好調ですから、それが要因とは考えられない。
そうなると、理由はウクライナ戦争を停戦に導けていないことでしょう。
マスコミの印象操作もありますが、トランプ政権内のマルコ・ルビオ国務長官、スコット・ベッセント財務長官らネオコンに足を引っ張られている印象を受けます。
福井
ただ中間選挙ではほぼ必ず大統領側の政党が敗北します。
負けないほうが稀です。
そこをあまり気にしても仕方がありません。
渡辺
ネオコンの暗躍でブダペストでの第二回米露頂上会談も延期になってしまいましたが、私は前向きにとらえています。
というのも、落としどころがまだ見つかっていないからです。
プーチンは絶対に朝鮮戦争型の解決策をしないと考えています。
朝鮮戦争型だと、未来永劫、紛争地帯が残ってしまう。
プーチンが望んでいるのは、ウクライナを中立国にさせること。
その点は、プーチンは決して妥協しません。
ウクライナ軍の敗北はどうあがいても決定的です。
ウクライナ東部の激戦地ポクロウシクにアゾフ大隊が出撃していますが、ロシア軍に完全包囲されている。
補給もまともにできていません。
本誌発売頃には陥落しているでしょう。
福井
ウクライナ軍は兵員不足で事実上、崩壊しています。
渡辺
かつてトランプはそういう状況に陥った場合、ロシア軍に包囲されたウクライナ軍を助けてほしいと要請していましたが、今回は何も言っていません。
トランプはウクライナ軍、もっと言えばセレンスキー政権の崩壊を待っているのかもしれません。
もう一つ、ルーマニアの駐留米部隊も5割近く縮小することが決定しました。
NATOからしたら頭の痛い話です。
福井
ウクライナ国民も戦争はいい加減にしてくれと思っています。
米調査会社「ギャラップ」によれば、2025年7月の調査でウクライナ国民の69%が「できるだけ早く交渉による戦争終結を支持する」と回答、「勝利まで戦い続ける」ことを支持しているのは24%しかいません。
2022年の時点では7割を超える国民が勝利まで戦い続けると回答しており、完全に逆転しています。
ゼレンスキー政権がどのように崩壊するか、それとも次の大統領選挙で立候補せずに静かに引退できるか。
渡辺
ウクライナの議員や前議員がゼレンスキー政権批判を明確にし始めています。
今まではそんなことはできませんでしたが。
たとえば、マリアナ・ベズグラヤ議員は「今やゼレンスキーはポクロウシクとクピヤンスクの戦況について公然と嘘をついている。我々の決定は、参謀本部の腐敗したスタッフたちの悪臭を放つ、まさにこの腐った嘘に基づいて下されているのだ」、
イゴール・モシチュク前議員は「ポクロウシクにおけるウクライナ軍の防衛ラインは破壊され、ミルノグラードの町はロシア軍の包囲下に置かれた」と述べている。
もはや時間の問題でしょう。
福井
次期大統領の有力候補は軍総司令官だったヴァレリー・ザルジニーと言われています。
強硬論一点張りのゼレンスキーと対立して解任され、現在は駐英大使です。
渡辺
FBIがゼレンスキー周辺の腐敗摘発に協力しているとの情報もあります。
トランプ政権がゼレンスキー排除に本気を出し始めたようですから、クーデターが発生する可能性も出てきました。
ともかく今後もウクライナ戦争の行方は注視していきたい。