F・V・ウィリアムズが暴いた「中国の戦争宣伝」と日本の宣伝下手― 南京虐殺報道・慰安婦問題・通州事件・2・28事件の真実 ―
本稿は、月刊WiLL1月号に掲載された日本近現代史研究家・田中秀雄論文「F・V・ウィリアムズの証言『中国の戦争宣伝の内幕』」のエッセンスを再構成し、高市早苗首相の「存立危機事態」発言に噛みつく中国外交部の“説教”を入口に、中国共産党の「中国人民抗日戦争」「世界反ファシズム戦争勝利」史観の欺瞞を暴く。台湾統治と2・28事件、通州事件で中国兵に虐殺された日本人と報復に走らなかった日本人の姿、宣教師ネットワークが仕掛けた南京虐殺報道のプロパガンダ構造、さらに「奴隷少女ビジネスは中国のものだ」と喝破したF・V・ウィリアムズの証言を通じて、日本の「宣伝下手」と慰安婦問題における現在の劣勢を厳しく批判する。1938年の時点でアジア赤化と共産主義の危険を米国に警告し続けたウィリアムズの生涯と意義を再評価し、日本と世界が必読すべき歴史的証言として紹介する問題提起型の論考である。
月刊WiLL1月号に掲載された、日本近現代史研究家・田中秀雄による論文「F・V・ウィリアムズの証言『中国の戦争宣伝の内幕』」からの重要部分を再構成。
高市早苗首相の「存立危機事態」発言への中国外交部の“説教”を入口に、中国共産党の「抗日戦争」「世界反ファシズム戦争」勝利史観の欺瞞、台湾統治と2・28事件、通州事件の惨劇と日本人の報復なき対応、そして宣教師ネットワークが仕掛けた南京虐殺報道のプロパガンダ構造をF・V・ウィリアムズの証言から辿る。
日本人の「宣伝下手」と慰安婦問題をめぐる現在の劣勢を批判しつつ、共産主義の危険を1938年の段階で警告し続けたウィリアムズの生涯とその意義を再評価し、日本と世界が読むべき必読の歴史的証言として紹介している。
以下は、月刊誌Will1月号に、F・V・ウィリアムズの証言『中国の戦争宣伝の内幕』と題して掲載されている日本近現代史研究家
田中秀雄の論文からである。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読の重要論文である。
プロパガンダが下手な日本人。
今も慰安婦問題で、韓国・中国から非難されたままでいいのかー
「侵略の歴史」を反省しろ? ‐
高市早苗新首相の所信表明演説や、国会答弁における「存立危機事態」発言に対して、中国は強く反発しています。
中国や北朝鮮、ロシアの軍事活動への懸念や台湾問題への発言に対する反発です。
このこと自体への論評は他の人に任せますが、私が気になるのは中国側の歴史認識です。
「今年は中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年にあたる。日本に対して、侵略の歴史を深く反省し、平和の道を堅持し、軍事安全保障分野において言動を慎み、アジアの近隣諸国や国際社会からの信頼をこれ以上失うことのないよう求める」という、中国外交部の郭嘉昆報道官のお説教です。
確かに我が日本は80年前の戦争で敗れましたが、負けた相手はアメリカであり、中国には負けていません。
連合国には負けたと言えますが、中国共産党の指導者である毛沢東は延安の洞窟でずっと昼寝しており、共産党軍はほぼゲリラ戦で日本軍と戦っていただけです。
国民党軍相手にも負けていない。
ファシズムという概念はいかようにも使われる「罵倒語」で、1949年建国以降の中華人民共和国をファシズム国家といっても過言ではない。
文化大革命のような恐ろしい事態を招いた国家がファシズム国家でないと誰が言えますか。
今話題の『ジャパンズ・ホロコースト』を書いたブライアン・リッグは日本軍がアジアで3000万のホロコーストをやったと主張していますが、その彼が、毛沢東は7000万のホロコーストをやったと言っているくらいです。
「侵略の歴史」と言いますが、日本は中国大陸に蔓延しようとする共産主義思想の危険性を理解し、それを防ぎたかったのであり、中国人民相手に戦争したのではありません。
このことはフレデリック・V・ウィリアムズが『中国の戦争宣伝の内幕』で主張していることです。
「中国の大多数の人々が平和を希望していることは疑いない。しかし政治家や軍閥がそうさせないのだ。日本はこれらの政治家や軍閥と戦っているのであって、国民相手ではない」と。
「侵略の歴史」を反省する必要はありません。
このことは後でまた述べます。
高市内閣の国防構想は独立国家としての当然の責務ですが、中国は憲法九条の桎梏の下にずっと日本をインポテンツにしておきたい狙いが見え見えです。
同じく外交部林剣報道官は、今年は「台湾光復(日本の植民地からの解放)80年でもある。日本はかつて台湾の植民地統治を実行し、枚挙にいとまのない罪行を犯した」と言っていますが、それはおかしい。
そのような残虐行為を犯した日本に対して、ほとんどの台湾人が今なお、日本が好きなのか、これでは説明かつかない。
台湾人に対して「枚挙にいとまのない罪行を犯した」のは、中国国民党軍です。
2・28事件です。
台湾人の首を刎ねて殺害し、その陰茎を切り取る行為は、ニューズウィーク誌の特派員が報じています(1947年4月7日号)。
これは漢民族特有の陰惨な習俗です。
中国河北省の通州で、中国兵により日本人が二百数十名残虐に殺害された事件があります。
このこともウィリアムズは『中国の戦争宣伝の内幕』の中で、「中国で最も暗黒なる町の名前として何世紀の後も記されることだろう」と述べています。
彼も通州に取材と慰霊のために行ったのです。
そしてなおかつ重要なのは、残虐な通州事件が日本国内に知られても、在住する中国人たちの身には少しも危険がなかったと、ウィリアムズはこの本で述べていることです。
日本人の素晴らしさを彼は称揚しているのです。
今回の高市総理の発言に過剰反応した中国政府は、日本で中国人を狙った犯罪が多発しているなどとして、中国人に当面の間、日本への渡航を控えるよう注意喚起したということです。
中国国内で日本人の殺害、傷害事件が起きているのだから、日本でも当然起きるだろうというわけでしょうか。
高市政権への揺さぶりのつもりなのかもしれませんが、日本人には笑いの種にしかなりません。
このように、『中国の戦争宣伝の内幕』は1938年にアメリカで出版された本ですが、今日の政治にも通じる内容を持っているのです。私か翻訳を決意した理由です。
F・V・ウィリアムズの略歴
1890年生まれのウィリアムズが新聞記者として有名になったのは1930年頃からのようで、メキシコにおける共産主義の動向に光を当てたことだそうです。
マルクスの共産主義が「宗教は阿片」だとして、唯物論を主張している以上、敬虔なカトリック信者だったウィリアムズが危険と判断するのは当然だったと思います。
彼が1937年に起きた盧溝橋事件に素早く反応して、支那事変の取材に出かけたのは無理のないものでした。
『中国の戦争宣伝の内幕』に書かれていることですが、彼は事件の背後に、アジアを席巻しようとしている共産主義の危険性をまじまじと見ることができたのです。
一般に現代の日本では、満洲事変や盧溝橋事件から始まる支那事変は、中国への侵略だと認識されています。
ほとんどの教科書にもそう書かれていると思いますが、本当でしょうか。
1935年に成立している冀東防共自治政府は河北省を意味する「冀」の東部、満洲国との国境沿いに作られました。
そして「防共」を旗印にして成立したのです。
首都はあの通州事件が起きた通州にできました。
満洲国が中国とソ連の間に成立したのは、まさにアジア大陸に共産主義体制が成立しないための防波堤であることは、地図を見れば誰もが理解できることです。
冀東防共自治政府成立はその防共体制が広がったというだけのことです。
そういうときに盧溝橋事件が起こりました。
誰が起こしたのかはウィリアムズが分かりやすく語っている。
彼は満洲国も高く評価しています。
皇帝溥儀にも面会しようとしました。
支那事変が始まり、中国や満洲国を取材した後、彼は上海から船で長崎に渡ります。
そこで彼はカトリックの山口愛次郎司教に出会います。
彼との交友は生涯のものとなります。
長崎は日本のカトリックの聖地だとウィリアムズは感動します。
米国の巡礼団を組織して、長崎に来ることまで計画します。
しかし、それは日米関係の悪化でなりませんでした。
まさに日米関係の悪化を食い止めることこそ、彼の念願でした。
それはならず、日本のスパイだという嫌疑で、彼は日米戦が始まってから逮捕され、懲役刑を受けます。
戦後の彼は、「日本のローマ」だと彼が讃嘆する長崎が原爆で廃墟になったことを悲しみます。
山口愛次郎との共著とも言える『長崎の殉教者』(1956年)を出版したのも、その意味があります。
この本の中で、彼は原爆を落としたアメリカを強く批判しています。
日本はプロパガンダが下手
支那事変が始まってからの中国は様々な方法で日本を非難し、アメリカを味方につけようと策略を練りました。
その一つが南京虐殺です。
南京虐殺は戦後に作られたものだという意見もありますが、その当時から欧米の新聞で叩かれていたものです。
その策謀者となったのは南京に住んでいた宣教師たちです。
彼らがなぜ国民党政府の意図を奉じて、日本軍非難の大合唱を始めたかについては、ウィリアムズが実際に南京の宣教師に取材しています。
そのからくりの解明には本書をお読みいただきたいと思います。
南京を攻略したのは松井石根司令官、日米戦が始まり、香港を攻略したのは酒井隆、シンガポールは山下奉文、フィリピンは本間雅晴各司令官です。
いずれも戦犯裁判で死刑となりましたが、首都や植民地の要衝を占領したから、その恨みを晴らされたのです。
彼らの下で大虐殺、残虐行為が行われたと喧伝されるのは、敗退の屈辱を隠蔽せんがためのプロパガンダに過ぎません。
そんなものを今なお事実だと信じている人の気が知れません。
戦争にはこのようにプロパガンダがつきものなのですが、日本人はそのことを今もよく理解していないのではないでしょうか。
ウィリアムズは、この本で「日本人は宣伝が下手だ」と何度も嘆いています。
いわゆる慰安婦問題で、日本は今も韓国や中国から非難されています。
世界中に慰安婦像を建てられて哀れなものです。
河野洋平官房長官の談話(1993年)は情けないかぎりです。
しかしこのことでも、ウィリアムズは「奴隷少女ビジネスは中国のものだ」として、この本で自らの取材した事実を明らかにしています。
1938年に出版された本の中で、女性の人権を蹂躙する中国の無残な実態がありありと描かれています。
貴重な記録と言わなければなりません。
「日本人は宣伝が下手だ」というのは、中国の反日プロパガンダがアメリカに深く浸透していることに対する危機感でもあります。
これが高じれば、日米戦争となる。
実際にそうなったのですが、これはアメリカ側が本来の敵を見失っているからそうなったのです。
満洲国の開発にアメリカは参加できるとウィリアムズは主張していました。
しかしアメリカ側には、中国に呼応して「日本の中国侵略に加担しない委員会」のような反日団体も作られていたのです。
名誉会長が元国務長官のヘンリー・スティムソンですから、権威がある。
ウィリアムズはこういう団体と戦っていたと言えます。
彼はアメリカの敵は共産主義だと主張していましたが、実際のルーズベルト政権は親ソ政策を取っていました。
何というお人よしだったのでしょうか。
結局それが、アジア大陸を共産主義が席巻する原因となったのです。
アメリカは大馬鹿者です。
ウィリアムズは1938年の段階でそれをよく理解し、宣伝下手な日本人に代わってアジア赤化の危険をアメリカで主張してくれていたのです。
私たちは今一度、ウィリアムズに感謝し、彼を再評価する必要があるのです。
(264) John Lennon – Help Me to Help Myself – YouTube