「世界史の中のフクシマ」陣野 俊史著…日経新聞1月22日20面より
支配的な言論空間に警鐘鳴らす 文中黒字化は私。
東日本大震災の後、社会には激しい「批判」の言葉があふれた。国や電力会社、そして原発に向けられた非難は、同時に、反対意見に対する抑圧として働いた面もある。政治家など要職にある者の失言が厳しく追及されたように、不謹慎な発言を絶対に許さないムードが社会を覆った。
そこに息苦しさを感じる人がいる。批評家である著者もその一人だ。「支配的な言説に対して、それが抑圧する声の存在を粘り強く指摘し続けることが重要である」と著者。本書は、社会に流通する言葉が一斉に同じ方向に流れてしまうごとに対して、静かに警鐘を鳴らす本である。
取り上げるテーマは多岐にわたる。原爆投下後の長崎で聖者のようにあがめられた作家・永井隆と、彼を偶像視することを批判した詩人・山田かん。震災後の福島を普通の小説ではない形で描こうとする作家の古川日出男。
安易な情緒に流れないリリック(歌詞)を模索する福島県在住のラッパー、狐火。著者は彼らの言葉を丁寧に検討し、「支配的な言論空間」の政治性をあぶりだそうとする。
危機に直面して尊厳を傷つけられた人間のために、私たちは怒らなくてはいけないと説く著者。長崎と福島をつなぐ論理を、中東の革命やウォール街のデモに結びつける筆致はスリリングだ。声低く語りながら、今の言論状況を鋭く撃っている。(河出書房新社・1300円)