見て見ぬふりをする社会 マーガレット・ヘファーナン〈著〉…1/22、朝日・読書欄から。

仁木めぐみ訳、河出書房新社・2100円/Margaret Heffernan ケンブリッジ大卒。企業経営者、著述家、脚本家。
心理を分析 時代の見方説く

正義が退嬰化する社会を嘆くかに見える書だが、実はそうではない。
見えないふりをする人間心理を具体的な事例や近年の脳科学、社会関係学、さらには史実解析などを通じて分析している。
見えないふりをするのではなく、見ない、見たくないとの心理を浮き彫りにすることで、歴史や時代の見方を説いた書というべきだろう。
著者は事例の細部を轍拗に描写することで、読者に判断を迫る。
ヒトラーの側近でナチのエリート、シュペーアはユダヤ人虐殺など見て見ぬふりをする。
しかし現実に見なければならない、知らなければならない立場になった時、彼は仕事から離れる。耐えられなくなったのだ。
著者は言う。「自分の姿を現実とは違う形で信じたときに我々は無力になる」
アメリカの元国防長官のマクナマラに、北ベトナムのタク元外相が、ベトナム戦争後、「あなたは歴史書を読んだことがないのでしょう」と質す。
著者は言う。「当時彼は戦争に疑問を投げかけるのではなく、遂行するのが自分の仕事だと考えていた」。
自己保身で、都合の悪い情報を一切排除していたのだ。
ニューヨークの街中で女性が刺殺された。38人が事件を目撃したとされる。警察に通報した者はI人もいない。
若き心理学者の研究では、「危機的状況を目撃した人数が多ければ多いほど、なにか行動を起こす人が減る」との鉄則があり、そのとおりの現実が各国で起こっている。
一人なら認識できることが、集団では見えなくなるのだ。
社会的事件、企業内部の人間関係、いじめ、不倫、児童虐待など多様な面での見ぬふりの根底には、「人間の目はその人が惹かれるものには焦点を合わせるが、惹かれないものには合わせない」という特有の習性がある。文中にこうした警句が幾つも詰まっていて我が身と照らして時に愕然とし、時に苦笑する。
評・保阪 正康 ノンフィクション作家

 

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