加藤周一は文化を明快に定義した…。

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加藤さんは文化を明快に定義した
日本は「座頭市」外交が本領だった

井上 大野晋さんが神を定義するときの手続きがとても注意深い。神の語源はこれまで4通りあるとされてきました。神は「かがみ」の意味。2番目は「かしこみ、かしこみ」の略。それから神のミはヒの転化で太陽のことである。また、神はお上の「カミ」であると言われていました。けれども大野さんはすべて成立しないと書かれています。
 大野さんは先人たちの仕事を引き継いで何十年もかけて注意深く研究された。奈良時代にはミの音が二つあったと万葉仮名の研究者によって発見されています。ローマ字で書けば、〔mi〕の音と〔mi’〕の音があった。ところが先の四つの語源説に出てくるミの音はすべて前者の[mi]の音だった。だから〔mi’〕の使われるカミのミとは発音が違っていたわけで、したがって違う言葉ということになり、四つの語源説は今はもう学問的には通用しない。そして大野さんは、カミの語源を日本語の内部に求めることは不可能と考えて一応お預けにする方がいいという結論に達した。注意深い研究でした。

大江 加藤周一さんも若いときから日本の文化、世界の文化の問題を明快に定義した人です。彼の話がおもしろいのは、大きい範囲で考えながら、細かな言葉をぜんぶ自分で定義して使っているからです。彼の残した『日本文学史序説』(ちくま学芸文庫)と『日本文化における時間と空間』(岩波書店)は、日本の文学と文化はどういうものかを、明確に定義しています。加藤さんは自分の意見をすべて本で述べて、亡くなられました。亡くなられてから、僕は丹念に毎日読んできました。とくに若い人に読んでほしいと思います。
 簡単にいうと、『日本文化における時間と空間』には、日本人は「今」という時間の自分がいる場所のことしか考えない。「今、ここ」のことだけを長い歴史でずっと考えてきた国民だ、と僕たちに納得させるように書かれています。

 社会や国家の現状についても、同じく明快。日本は国際政治の場でいつも先見の明がなかった、と示す。
戦後60年、戦争に敗れてアメリカの占領があった。ところが、それ以後も全面的にアメリカに頼ってきたのが日本の現状、というのが彼の認識。
僕も賛成です。
 日本はいちばん大きな外交問題である日中関係を、戦後30年近く、解決することができませんでした。日本と中国の外交関係を樹立するという、重要問題に手をつけなかった。ところが、アメリカのニクソンとキッシンジャーが、中国と国交を開く決定をし、接近した。日本には予見できなかった国交回復が一挙に行われる。遅れると日本にとって非常に困る。田中角栄は、米中接近が目の前に現れて、猛烈な居合抜きの手法で問題を解決して、毛沢東と国交を結んだのです。日本人は国際的な変化が起きると対応する速度はきわめて速い。それが日本のやり方だと加藤さんは注で書かれています。

井上 加藤さんはこうも話されていますね。日本自身が中国のイメージをつくって、日本の利益が最大になるように行動してはどうか、と。「大日本帝国軍が中国で行った侵略行為を忘れてはいけない」というイメージがあり、「中国にモノを買ってもらうのが大事だ」というイメージ、また「油断のならない商売相手だ」というイメージ、さらに「かつては漢字も律令もすべて供給してくれた国」というイメージもある。そういう個々のイメージを統合した大イメージが大事で、そのイメージの中から、日本人が、納得できる方法を考え出して行動していけばいい。これが加藤さんの定義だと思いました。

大江 いま僕が長々と話したことを 『日本文化における時間と空間』のひとつの注で愉快に定義されています。「その頃日本国内に流行していた大衆映画に『座頭市』のシリーズがある。座頭市は幕末の盲人で居合抜きの名人である。彼は遠くの敵の動きを見ることができない。情勢の来るべき変化を予知できないから、安全保障の計画をたてることもできない。しかし敵が身近に迫れば、電光石火、仕込杖から刀を抜き、忽ち敵を切り倒す。ニクソンーキッシンジヤーの米中接近の後、田中角栄の反応は素早かった。彼の中国承認は座頭市の仕込杖に似ている。戦後の日本外交は座頭市型であった」はっは!(笑)

 井上さんのイメージ論も胸にしみるようにリアルですが、僕もイメージとして発想して、想像力と結びつけています。想像力の働きは、英語でいえばイメージを使っての心の働き。僕は想像力とは何かを大学のときからずっと考えてきました。僕がいちばんいい定義だと思うのはガストン・バシュラールのもの。我々のなかで想像力、イマジネーションが働くのは、ひとから受け取ったイメージを自分の力でつくり変えていくときだ、そのような想像力が重要というのがバシュラールの意見です

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