時に話は変わるが…。

家康殿、先日の新聞で、芥川が当日の白眉として挙げた丹羽たいじんが、貴殿の遺訓中の、「不自由を常と思えば不足なし」、を引用していたので気になってネットで調べて見たのじゃが、たいじんは貴殿の故郷で生まれた人物であったぞな。 

そうじゃ、だから、わしも涙にくれたのじゃ。…人は石垣、人は城と…城山三郎じゃったかのう。・・・わしの志は400年後の貴殿の時代にも生きておると知ってのう。これほどうれしい事はなかったで、わしは感涙にむせんだのじゃよ。

 

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