半歩遅れの読書術 吉岡忍 ノンフィクション作家 4月10日、日経読書欄から
…前文略。
インドネシアースマトラ島の作家、ワンダ・クリスタレディは分離独立運動に揺れるアチエを襲った大津波の物語「スルタンの杖」(上野太郎ほか訳)を書いた。語り手は定職のない若者だが、彼には開けっぴろげな姉がいる。彼女は町の宿を経営するうち、独立運動シンパと疑われ、刑務所収監中に津波にさらわれてしまう。若者は瓦礫が散乱する海辺で姉の遺体を捜すのだが、警備の兵土たちに追い払われる。
そのとき彼の心に、人知れず人のためになることをしよう、という決意が芽生えてくる。
災害に打ちのめされた気持ちが再生に向かって動き出す瞬間が、ここにある(これらの作品は日本ペンクラブ編・刊行のブックレット『災害と文化』所収)。
作家たちは、被災から3年以上経たなければ小説を書けなかったという。
いま現実に圧倒されている私にはその気持ちがよくわかる。目の前の惨状をどう言い表すか、言葉が出てこない。
この徹底した受け身の状態をどう能動性に転化できるのか。
被災地のただなかで、あらゆる人々が言葉を探している。