村から工場へ 平井 京之介著 (国立民族学博物館准教授、総合研究大学院大准教授)
評者:後藤康治 小見出しを除く、文中黒字化は芥川。 4月10日、日経新聞読書欄から。
日本企業のアジア進出は1960年代に本格的に始まり、東南アジア、中国などを中心に数万社が生産、販売などなんらかの拠点を持つ。
そうした企業行動が現地社会に影響を与えないはずはない。だが、これまで現地社会の変化に関する実証的な研究は決して多くはなかった。
本書はタイ北部のチェンマイ近郊の工業団地に進出した日本の中小企業に勤めるタイ人女性を通じて、タイの農村女性の近代化の経験を描いたものだ。
タイ女性の働き方を現地調査
最大の特徴は研究者である著者自身が長期にわたって農村に住み込み、かつ日本企業の工場に自ら勤務したことにある。
農村、企業のなかで徹底的に客観的であろうとした著者の努力が今まで見えなかったアジア社会の実相を映し出している。
タイ人社員が日本から派遣された日本人社員を尊重するか、軽視するかの要因が何であるかは、日本人にはみえにくい。
著者はそれを「卓越したスキルと知識」と指摘する。
国籍でも肩書でも語学力でもなく、仕事の場では仕事の実力が物を言うという点は興味深い。
一方で、日本人とタイ人の分裂以上に、タイ人社員で生産ラインのワーカーと管理職の対立が激しく、不満を持つワーカーが管理職のゴシップを流すなど陰湿な争いがあるのもうなずける。
タイ人の女性社員が職場で語る様々な話の紹介も興味深い。男性との出会い、夫婦関係、ファッション、娯楽、買い物など閉ざされた農村社会から工場で働き始めたことで女性が解放され、新しい考えを身につけ、行動自身が変化していく姿は、現在、アジアの各地でぼっ興する消費社会の背景構造を示している。
女性が主人公の本書で脇役的に登場するタイ人男性をみると、保守的で変化を拒み、工場で働くことで変化する女性に追いつけない姿が浮かび上がる。
社会変化の原動力が女性という事実を改めて確認する思いだ。
アジア進出を考える日本企業にとっては、現地従業員の理解、労務管理の参考になる本だが、決してノウハウ本ではなく、舞台も20年近く前で、今とは事情の異なる部分もある。それでもアジアを知るのに不可欠な1冊といえる。