「代表的新聞」という自己像—訂正できない精神構造の分析—

新聞が自らを「代表的存在」と位置付けたとき、重大な判断の誤りを認めることはなぜ難しくなるのか。戦時中から戦後に至る報道姿勢と自己認識の関係を考察し、ジャーナリズムの本質を問い直す記録。

2015-12-29
とんでもない心得違いだとは思いますが、朝日新聞内は自らを「日本の代表的新聞である」と思っています。

…ジャーナリズムにおいて、判断を問違えることは誰にでもあり得る。
あとになって事実が判明した時に問違いを認めるのはそれほど難しいことではないのに、なぜ朝日新聞にはそれができなかったのか。

長谷川

朝日新聞社内の「妙な精神構造」のせいと言えばいいのでしょうか。
とんでもない心得違いだとは思いますが、朝日新聞内は自らを「日本の代表的新聞である」と思っています。

だから、個々の小さな記事訂正はできても、大きな物事の判断について間違いを認めることはできなかった。
…朝日の根幹にもかかわってくるからです。

たとえば、歴史を見る目が間違っていたとなると、「代表的新聞である」という看板に深刻な傷がつく。

それは絶対にできない、という気持ちが支配的であるのでしょう。

過去の否定が「大義」に

…朝日は戦時中には戦意高揚の記事を書いて、日本は無敵であるかのような紙面を展開しましたが、日本は敗けた。
そのことについては一応、戦後、朝日も問違いを認めていますね。

長谷川

戦時中の紙面を見れば、朝日が戦意高揚の記事を書きまくってきたのは明白です。

これはもう誤魔化しようがない。

しかも連合軍の占領下に置かれて、GHQ(連合国軍総司令部)の路線に便乗しなければ新聞発行すらままならない、という状態に追い込まれていました。

だから、よく読むと相当おかしな文面ではあっても、朝日新聞は終戦から三ヵ月後に「国民と共に立たん」という有名な反省の「宣言」を掲載したのです。

〈真実の報道、厳正なる批判の重責を十分に果し得ず、またこの制約打破に微力、ついに敗戦にいたり、国民をして事態の進展に無知なるまま今日の窮境に陥らしめた罪を天下に謝罪せん〉と書いている。

しかし、「事実を究明し、事実に徹する」という報道の根本のところが明文化されていない。

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