「旧軍批判」という大義と沈黙の構造—検証を阻んだ社内空気—

慰安婦報道や歴史記事をめぐり、なぜ社内で検証や議論が生まれなかったのか。スター記者の存在と「旧軍批判」という大義が疑問提起を困難にした構造を考察する。報道機関における組織心理と自己検証の問題を描く一章。

2015-12-29
旧軍を叩くという大義に対しては、なかなか疑問を提起できない風潮が朝日新聞社内にはあったのです。

以下は前章の続きである。

慰安婦問題は、例えば西岡力東京基督教大学教授なとは90年代から批判していました。

社内で「検証すべきだ」「批判に応えるべきだ」という声はなかったのでしょうか。

長谷川

ありません。
もちろん、おかしいと思っていた社員はいたかもしれませんが、取材を重ねても「そういう声が一部で強くあがっていた」というような話は聞かれませんでした。

議論できなかった原囚は二つあると思います。

一つは、「批判は朝日にケチをつけるものにすぎない。朝日記事は事実だ」というもの。

もう一つは、多少の疑問はあるかもしれないが、大筋は合っているのではないか。

旧軍が悪事を働いたのは事実だろうから、細部の間違いは問題ではない」という考えです。

旧軍を叩くという大義に対しては、なかなか疑問を提起できない風潮が朝日新聞社内にはあったのです。

「代表的新聞」の自負

たとえば「南京大虐殺」「百人斬り」について、『中国の旅』を書いた朝日の本多勝一元記者は、批判を受けると「あれは中国人から聞いた話をそのまま書いただけだ」とぬけぬけと言って憚らなかった。

しかし新聞記者であれば、聞いた話を検証して記事にするかどうかを判断するのが当然でしょう。

長谷川

全くそのとおりです。

…上司や同僚は、「おかしい」と指摘しなかったんでしょうか。

長谷川

非常に急所を突いている質問と思います。

もちろん、誰かが批判したり疑問を呈していたかもしれませんが、それが社内で大きく浮上しなかったのには二つの背景があったのではないかと思います。

まず、本多勝一という社会部の記者は社内で有名人だっただけでなく、世間でも名の知られているスター記者だった。

社の看板記者の取材、記事に対して疑問を呈しにくい雰囲気がある。

それをするにはかなりの覚悟が必要で、「変わり者」扱いされることは免れません。

もう一つは、彼が書いていたのは旧軍の批判ですから、「当たらずといえども遠からずではないか≒あの旧軍だ、どうせそのくらいのことはやっていたんだろう」という感じもあったのではないか。

その二つが相俟っていたのでしょう。

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