「大義」を見誤った代償—歴史からの復讐という制裁—

『崩壊 朝日新聞』の結語を引用し、「大義」を掲げながら歴史を見誤ったメディアの末路を考察する一章。自らを良心と信じ続けた報道機関が、歴史の審判を受けるという視点から論じる。

2015-12-28
本書を通して見てきたことは、歴史の中で「大義」を見誤り、囃した結末は恐ろしいということである。

以下は前章の続きである。

長谷川は『崩壊 朝日新聞』をこのような言葉で締めくくった。

〈本書を通して見てきたことは、歴史の中で「大義」を見誤り、囃した結末は恐ろしいということである。

朝日新聞社は、「大義」を誤断して担ぎ、その誤断を繰り返し続けたことで、今、世の中から復讐されているのであろう。

その紙面について眉に唾されるという形で。
それを私は歴史からの復讐、制裁と考える〉

自らを「良心」と信じて疑わず、「大義」を振りかざしても〈振り返ってみたら誰もいなかった〉。

まさにこれこそが、朝日新聞が受けるべき〈歴史からの復讐、制裁〉だろう。

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