口笛に応える京都の鳥たち――嵐山、平安神宮、城南宮での出会いと、宮沢賢治への思い

2016/1/29
さて、私が、さっき書いていて気が付き、驚いたのは、私が口笛を吹いて嵐山の中之島公園に現れた日、コゲラを筆頭にした群れが姿を現した。
曇天で残念だったのだが。
件の場所でヒヨドリと口笛で思う存分の競演をした日…この日は私の口笛も絶好調で、はるかかなたまで聞こえるほどの音量だったのである(笑)…
そうしたらイカルが、ツグミが現れた。
あれっ、これはひょっとして、と、私は気が付いた。
何故なら、間を空けて、訪れた昨日、中の島公園に、ツグミの群れは居なかったからだ。
京都中の素晴らしい場所…庭園の数々であることも多い…に私が現れると、必ず野鳥が現れるのは偶然ではなかったのではないか。
鳥の目の識別能力の凄さは、鳥瞰図という言葉が在るくらいだし、聴覚の鋭さも同様だろう。
あれらは偶然ではなくて、私が呼び寄せていたのではないだろうか?
例えば、平安神宮の庭園も、私は年間に10回前後は訪れる。
最近は、ここで黒揚羽に遭う事などを楽しみにして行くこともある。
ここの枝垂れ桜もまた、京都でも有数の素晴らしさなのだが、昨年の桜の季節の事である。
最後の池に到着して鳳凰を眺めていた時、ふと、ここにも鳥たちは居るのじゃないか、と思って、口笛を吹いた。
途端に、一団が現れたのである。
沢山の人たち全員が、枝垂れ桜と池と鳳凰を撮るために、一方向を向いている時に、私は、たった一人、全く反対の方向、後ろの林にカメラを向けて鳥たちを撮っていたのだ。
正に、物の怪の人(笑)だったかも。
だが、あれも偶然ではなかったのではと気づいたのである。
或は、毎年、必ず訪れている梅の名所…私の口さがない親友は、梅で持っているお宮さん、などと冷やかすのだが。
城南宮で、去年、梅園に入る前に、初めて裏側に入った私は、そこで、思い切り口笛を吹いた。
(人に見られないから)。
その時は、現れなかったので、今日は、いないのか、と思い、梅園に入ったのである。
城南宮の梅園の見事さは、以前に投稿したとおりである。
入り口には見事な各種の椿が咲いている。
それらを撮って、梅園に入り、いつもながら見事だなと思って取っていた時の事である。
かつて、ただの一度も、こんなことは起きなかったのだが。
メジロは多数の参観者たちからは離れて、中の方にある梅を飛び交っているのが、分かる程度だった。
そのメジロが、なんと一団と成って、私の目の前、それこそ、目と鼻の先に現れたのである。
私の周囲に居た人たちの全てが驚いていたことは言うまでもない。
殆ど全員がカメラを持っていたから、大変な撮影会となった次第だった。
つまり、京都の鳥たちにとって、私は人間ではないのである。
2010年、当初のペンネームが突然浮かんだ。
芥川龍之介と宮沢賢治が合体したのは、伊達ではなかったのである。
特に、この場合は、宮沢賢治の方の事である事は言うまでもない。

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