「全面講和」という詭弁と曲学阿世の系譜
東大総長・南原繁を中心とした全面講和論の実態を検証し、それがスターリンの意向に沿うものであったこと、そして現代の安全保障法制反対論と本質的に同一であることを明らかにする論考。
2016-02-23
以下は前章の続きである。
時の東大総長・南原繁も全面講和論者でした。
「全面講和を支持せよ!」というのはスターリンの命令、少なくともスターリンの希望だったといわれていました。
ソ連の意向に沿った共産党あるいは社会党、そして社会主義を正義だと思っていた進歩的文化人たち、そうした勢力が「単独講和反対!」と叫び、講和条約の締結を阻止しようとしたのです。
もはや国賊としか言いようのない連中でした。
「ソ連圏の国々が入っていない講和条約は認めない」と言うことは、東西冷戦下のあの時代において、講和条約を結ばないことを意味しました。
それはとりもなおさず、自国の独立を願わず、あと何十年もアメリカの占領下に置かれる道を選択することでした。
そこで、「全面講和」を振りかざし、わが国の独立回復の邪魔をする東大総長・南原に対して、時の首相・吉田茂が「曲学阿世の徒」という言葉を投げつけ、厳しく批判したのは有名です。
学問をねじ曲げて世間におもねる輩という意味を持つ「曲学阿世」という言葉は流行語にもなりました。
これは、この間、突然、学者と称する連中がテレビの前に登場し、日本以外の世界中の国では全く当たり前の、自国を守るための法案に対して、戦争法案などという小学生レベルのレッテルを貼り、反対を今なお叫び続けている姿と全く同じです。
それらの法案は、ファシズム国家や全体主義国家そのものの態様で、私たちの国の領土や国際法上の領海に侵略を開始する国を抑止するためのものです。
この二つの時代が同一構造であることに、普通の頭脳を持った世界中の人は気づくはずです。
この稿続く。