ハバロフスク裁判の虚妄と冷酷。証人にまで及んだソ連の弾圧とNHK報道の欺瞞。
2018年4月6日に発信した章を再発信し、ハバロフスク裁判の異常な審理日程、事前に決められていた判決、そして証人にまで及んだソ連の苛烈な弾圧を取り上げる。
山田乙三大将以下の関東軍関係者に対する裁判の虚構性を明らかにすると同時に、その録音テープの発見を喜々として報じたNHKの報道姿勢にも警鐘を鳴らす論考である。
2019-03-24
こんな裁判の録音テープが出て来た等と先般喜々として報道したのがNHKである事を日本国民全員は忘れてはいけないのである。
25年の刑を言い渡されたのである。
東京裁判に出廷した瀬島龍三たちと同じ最高刑である。
と題して2018-04-06に発信した章を再発信する。
以下は前章の続きである。
フェイク裁判。
昭和24年10月、山田乙三関東軍総司令官以下の細菌戦関係者12名は「戦犯」として起訴されたと告げられ、ハバロフスクの「白壁の監獄」に収容された。
三友一男によると、裁判は次のように進行した。
12月25日 検事による起訴状の朗読、被告の尋問。
12月26~28日 被告の訊問(続)、証人の尋問。
12月29日 証人の尋問(続)、検事の論告求刑。
12月30日 判決言い渡し。
被告12人と証人16人の審理がたったこれだけで終わったのである。
判決の内容は山田乙三大将、川島清少将など4名が禁錮25年、6名が禁錮20年~10年、2名が禁錮3年と2年だった。
三友一男は15年だ。
最高刑として死刑を免れたのは、ソ連では昭和22年5月から昭和25年1月まで死刑が廃止されていたからにすぎない。
死刑廃止前には、氏名が分かっているだけでも32人の日本人「戦犯」が銃殺されており、おそらく100人を超える日本人が不法に銃殺刑に処されたと推定される。
重大案件でありながらこれほど短時日で結審したことはハバロフスク裁判の虚妄性をよくあらわしている。
しかも、他の「戦犯」裁判と同じく、判決内容が事前に決まっていたのだからなおさらだ。
ロシアの研究者アルハングリスキーによると、ハバロフスク裁判開廷の22日前の12月3日付の文書ですでに判決案がモロトフ(スターリン側近、第一副首相)に報告されていたという(アルハングリスキー『プリンス近衛殺人事件』)。
《同志モロトフB/M殿 細菌兵器製造と使用の罪に問われている日本人罪人山田、梶塚、その他の立件に関する有罪決定と判決の文案のご検討を仰ぎます。クルグロフ、ソ連内務大臣ゴルシェニン、ソ連法務大臣 サフォノフ、ソ連検事総長》
スターリンはこの判決案を採択したから、まさにハバロフスク裁判の茶番性を証明するものだ。
しかし、ソ連の弾圧はこれにとどまらなかった。
証人の田村正大佐や三品隆以大佐らはその後の秘密裁判で25年の刑を言い渡されたのである。
東京裁判に出廷した瀬島龍三たちと同じ最高刑である。
武部六蔵は昭和25年に中国「戦犯」として中共に引き渡され、6年にわたる拘禁・洗脳を経て20年の有罪判決を受けた。
このように証人も冷酷非情に扱われたのである。
この稿続く。
*こんな裁判の録音テープが出て来た等と先般喜々として報道したのがNHKである事を日本国民全員は忘れてはいけないのである。